四月一日






それはごく普通の日で。
ごく普通の学校風景で。

ごく普通の、いつものメンバーが集まっている時の事。






「―――――ああ、」






思い出した。
そう体言するかの如く、ぽんと手を叩いて京子が言った。

隣に立っていた小蒔が確りそれを聞き留め、何? と問い掛ける。






「一応、お前らにゃ言っとこうと思ったんだった」
「だから何が?」






再度問い直した小蒔の顔を見て。
その隣にる醍醐を見て、それと向かい合っている龍麻を見て。
椅子に座っている葵と、葵の机に突っ伏していた顔を上げた遠野を見て。

京子は、いつもと同じごく普通の表情で言った。








「彼氏できた」

「「「ええええええ――――――ッッッ!!!」」」









けろりと。
そんな顔で。
落とされた大爆弾に、遠野、小蒔、醍醐の絶叫が被さる。


周囲のそんな反応は予想の範囲内だったのだろう、京子はちゃっかりと耳を塞いでその大音声を逃れている。
鼓膜を庇いそびれた葵と龍麻は、教室内に響き渡った三人の声に耳を痛めた―――――かに見えたのだが、それは葵一人だった。

何故ならば、龍麻の思考は完全に停止していたからである。






「なんでッ!?」
「いつから!?」
「誰とッ!!?」






当然食い付いた遠野と、興味津々に詰め寄る小蒔。
葵は耳の痛みにまだ悩まされつつも、驚いた表情で京子を見上げていた。


そして醍醐はと言うと、叫ぶでもなく、表情を変えるでもない転校生をちらりと見遣る。
彼は唯一、この少年が抱いている想いを知っており、現在自分と同じ状況である事を知っている。
故に、こんな出来事がどれ程ショックな事であるのか、よく判っていた。

だが彼の胸の内など知りもしない少女は、いつもと同じ顔で級友達の質問攻めに答えている。





「学校の子? 後輩?」
「ンな訳あるかよ、どいつもこいつもションベン臭ェのに」
「じゃあ年上? サラリーマン…はなさそうだよね、京子の場合」
「アン子ちゃん、知らないの?」
「寝耳に水ッ。昨日までそんな素振りもなかったじゃない、いつからよッ!?」
「昨日帰ってから」
「って事は、『女優』のお客さん?」






そんな所、と言う京子。



状況を教えろと言う遠野に、京子は面倒臭そうに頭を掻きながら答える。


昨日、授業が終わって『女優』に戻ってみると、営業時間には早いのに従業員ではない男性がいた。
その人物とは京子も何度か顔を合わせており、アンジー達を間に挟んでではあるが話もした。
学生時代に剣道をやっていたと言う男性は、京子の剣の腕を絶賛し、また自分では中々気付けない姿勢の癖も指摘してくれて、京子もその人物にはそれなりに懐いていた。

営業時間前に来ている事を不思議に思っていたら、話があるんだと言われて二人で店に出た。
そして告白されて、京子は一時混乱したものの、断る理由もなかった為、受け入れた。


―――――ちなみに、男性と京子は親子ほどに歳が離れている。




コイバナで盛り上がっている女子に反し。
男二人は、なんとも珍妙な空気になっていた。






「……おい、緋勇……」






名前を呼んではみたものの、なんと声をかけて良いか判らず、醍醐は口を噤む。

もしも、今京子が言った事を、小蒔が言ったとしたら。
想像しただけで醍醐は血の気が引く思いがして、過ぎった“IF”の光景を頭を振って追い出した。


醍醐にとって何よりも恐ろしい未来を、今現在正に経験している龍麻。
元々あまり動かない表情筋が完全に固まっているのが、普段滅多に動揺しない彼の心情を吐露している。
常のふわふわとした笑顔さえも、完全に形を潜めている。

そんな親友の些細な変化に不思議と敏感な筈の京子は、まだコイバナの質問攻めの真っ最中。
いつもならそろそろ面倒臭がって逃げるだろうに、それもしないで全て答えていると言う事は―――――彼女にとって、それが少なからず嬉しい出来事だから、なのだろうか。


……醍醐には、目の前の光景が、残酷な光景に見えていた。






「職業は?」
「よく知らねェけど、兄さん達が外資系とか言ってた」
「ふぅん」
「仕事の話は知らねェよ。オレにそんなのして来た事ねェし」
「まぁ京子の頭じゃ無理だろうねー」
「テメェだって判ってねェだろが」
「いや、そんな事は……」






目を逸らす小蒔を揶揄う京子。
そんな京子をまた揶揄う小蒔。
笑う葵と、嬉々としてメモする遠野。

立ち尽くしたまま動かない龍麻と、動けない醍醐。


―――――そのまましばらく、女性陣はこの珍事に盛り上がっていて。
そろそろ休憩時間が終わるかと言う頃合に、事態は動いた。






「……………京」






蓬莱寺京子がその呼び方を赦すのは、たった一人。
呼ばれた当人が振り返れば、龍麻が真っ直ぐに見詰めていて、目が合って。



醍醐は、内心かなりヒヤヒヤしていた。
龍麻がどんな行動を取るか判らないから、そして龍麻の胸の内を知っているから。

しかし二人はそんな醍醐の心配を他所に、無言で見詰め合っている。
二人の遣り取りでこういった事は珍しくはないのだが、それだけに周りは何が起きるかと内心穏やかではいられない。
京子が突然癇癪を起こしたり、龍麻が突拍子もない事を言い出すのは、大抵こんな時だから。





数秒が随分長かった。
数分、数十分、数時間にも感じられた。





が、それを打ち破る切っ掛けは、なんとも軽いノリのもので。






「ぶッ」






噴き出して、京子は反射で手で口を覆う。
しかし一同の視線が集まった彼女の肩はふるふると震え――――――笑っているのは明らかだった。

それから、教室には彼女の盛大な笑い声が響く。






「あっはははは! いってェ、マジで腹痛ェ〜ッ!!」
「………やっぱり……」
「あーあ、お前にゃやっぱバレんだなァ。にしても…く〜ッ」






傍にあった誰のものか判らない無人の席にどっかりと座って、京子は腹を抱えて笑う。
龍麻はそんな彼女を見下ろして、呆れた、と言わんばかりに双眸を細めて息を吐いた。






「ひーッ、死ぬ死ぬ! あはははは! おっかしー! 息出来ねェ〜!」






足をバタバタさせながら笑う京子は、涙まで浮かべている。
反して龍麻は疲れたと言う表情をしているが、何処かホッとしたようで、眉尻を下げて笑っていた。


二人だけしか判らない会話で納得しているのは、見ている側にも判る。
だが置いてけぼりにされて二人だけで完結されても、仲間達には何も理解できないのだ。

そんな状況に最初に我慢が切れたのは、遠野である。






「なんなのよーッ、教えなさいよッ」
「ちょッ、ちょっと待て、今無理…! あはははは!!」
「緋勇君!」






京子が答えられないものだから、当然矛先は龍麻に向かう。

龍麻は笑う京子から、頬を膨らませている遠野へと向き直り、






「信じるって思ってなかったんじゃないかな」
「……つまり」
「全部嘘って事」
「京子ーッ!!」






真実を知って、遠野がメモ帳で京子の頭を叩く。
何度も振り下ろされるそれを、京子は避けずに甘受していた。
と言うか、笑いが止まらない所為で動けないのだろう。

その横で小蒔と葵が目を合わせ、やっぱりねェ、と納得している。






「だってまさか……あははは! ちょッ、マジで死ぬ、マジで! 笑い止まんねーよ!」
「そのまま死んじゃえ! 何よ、折角大スクープだと思ったのにィ!」
「たまにはガセネタもいいだろ……あ゛ー、苦し……ぶっ、ひーッ!」






机に顔を突っ伏して笑う京子に、遠野はわざとノートの角を落としてやる。
痛ェと非難を上げたものの、京子は怒りはしなかった。
散々盛り上げて、遠野にとって一番最低なオチであった事は判っているからだろう。

なんでそんな嘘ついたの、と葵が問うてみれば、「暇だったから」
等と言う返事をする始末で、遠野にとってはそれも腹が立ったのだろう。
本気の勢いで叩くようになってきた遠野に、悪かったって、とおざなりながらに詫びを述べた。


すっかりいつもの風景に戻った遣り取りに、醍醐はこっそりと、安堵の息を漏らす。
ちらりと少年を見てみれば、いつもと同じふわふわとした笑みを浮かべていた。











――――――その日の夕方。
営業前の『女優』にて、






「……何してんだ、お前」
「確保しておこうかなって」
「はぁ?」






京子にぴったりとくっつく龍麻の姿があって。
何があったんだと思いつつ、京子はそれを好きにさせて。

唯一、彼の心情を知る醍醐は、苦笑いするしかないのだった。












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女体化京ちゃんでエイプリルフール(二日遅れ)でした。
SSの時間軸は、四月でもなんでもないんですけど。

シリーズ設定の龍京ですが、まだ片思い時代です。空回りしてる頃です。
龍麻は醍醐にだけ恋愛相談してました。…恋愛下手が二人で この頃の京子は、正面から「好き」と言われても、それが恋情だとは思いません。友情だと思ってる。