そこには男のロマンと夢。



大胆と言えば聞こえが良い。
彼女の性格はそういう類だ。

それが葵には、時々我慢ならない。






「京子ちゃんッ」






今日も今日とて、制服のスカート姿で胡坐をかいて座る京子に、葵の注意が飛ぶ。
言われた京子の方はと言えば、また始まったと言わんばかりに目を細めるだけで、姿勢を改めようとしない。






「もう、何度も言ってるのに。胡坐は駄目よッ」
「しゃあねェだろ、これが一番楽なんでェ」






昼食の焼き蕎麦パンを頬張り、面倒臭そうに頭を掻きながら京子は反論する。

京子もたまには正座をする。
しかし、それは部活―――剣道着に着替えている時だけだ。
あの時だけは堅苦しさも感じないらしいが、他は全く持って全滅である。


そして、そんな言い訳など、葵に通じる訳もなく。
更には、常ならば言うだけ無駄だと思っている小蒔まで、今日は援護射撃をして来た。






「楽は楽なんだろうけどさ。せめてパンツ見えないようにしなよ」






捲れたスカートと足の陰から覗くそれを指差す小蒔。
言われて初めて、京子はその事実にようやく気付く。

……だが、気付いた所で慌てて姿勢を直すような女らしさを、彼女は持ち合わせていない。






「別に気にするモンでもねェだろ」
「京子が気にしなくても、周りが気にするよ」
「緋勇君達がいなくて良かった……」






現在、この場にいるのは鬼退治部の女子メンバー(マネージャー除く)だけだ。
二人の男子メンバーは私用で抜けている。

ちなみに、この二人がこの場にいたからといって、京子の態度が変わる事はない。
この場に誰がいて、誰がいなくても、京子は堂々とスカートを捲って胡坐で座るだろう。
龍麻と醍醐ではなく、吾妻橋達がいても同じ事だ。


男顔負けの男らしさと豪胆さ、度胸を持つ京子の性格を、誰も悪いものとは思っていない。
だが時と場合と状況によるとは言うもので、もう少し人目を気にした方が良いと葵は思わずにはいられない。



このまま言い続けても埒が明かないのは、度重なる前例で証明されている。

葵は溜息を吐いた。
それなら、別の方法で危惧する状況を防ぐしかない。






「せめて、スカートの下に何か…スパッツとか」
「持ってねェよ」
「帰りに買いに行けば? あると楽だよ、温かいし、動き回るのにも邪魔にならないし」
「ンな事言ったってな……そんな余裕ねェよ」
「ボクの貸そうか?」
「ションベン臭そうだからいらね」
「なんだとー!?」






無論、京子の台詞は冗談だ。
振り下ろされた小蒔の拳をひょいっと避けて、マジになるなよ、と呟く。






「なんでもいいのよ」
「じゃあ今のままでいいじゃねェか」
「それが駄目だから言ってるんじゃん。今のまま以外で何か重ねて履けばいいだけだよ」
「つったって、そんな余分なモン………」






二人がかりで言い募られて、京子は面倒くさそうにしながらも、一応考えてみる。



京子の生活には余裕がない。
手持ちの懐には晩飯用のラーメン代が残っているだけで、他に回せる小銭もない。
ビッグママかアンジーに言えば少し貰えるだろうが、世話になっている手前、早々簡単に言い出せるほど図太い神経はしていないつもりだ。

大体、京子自身はそんな物はなくても一向に構わないのだ。
スカートが捲れようと、パンツを見られようと、何も恥ずかしい事はない(見た男は即刻木刀の餌食だが)。



本人にまるで意識がないものだから、幾ら考えたところで、出てくる答えは「面倒臭い」と言うもの。
次いで「金がないんだから仕方がない」と続き、じゃあもういいか、と自己完結してしまう。

それでは駄目だと葵と小蒔は言うが、これ以上どうすればいいのか京子にはさっぱりだ。


京子のそんな内心に、二人も薄々感付いていたのだろう。
顔を見合わせ、どうしよう―――――としばし考えてから、






「そうだ。アレなら京子も持ってるよ」
「あ? なんだ?」






思いついたと言う小蒔が教えた品物に、ああそれなら、と京子は頷いた。






















五時間目と六時間目の間の休憩時間。
その隙間に、京子の授業へのやる気はすっかり殺がれてしまった。


窓辺に差し込む午後の日差しは心地良く、暖かく、食後の満足感も手伝って睡魔がゆったり手招きして。
五時間目の授業で黒板に羅列された沢山の数式は、まるで催眠術の一つのようで。
極め付けに、校庭から荒々しい声が聞こえてくれば、生徒達の意識は授業から簡単に離れて行く。

耳に慣れた舎弟の呼ぶ声と、続け様に聞こえるしゃがれた声に、何事かとグラウンドを覗き込んで―――――納得する。
昨日自分が喧嘩をしたならず者の男達が、吾妻橋達を引きずり回しながら意味不明な雄叫びを上げているのだ。



授業開始のチャイムと同時に、京子は窓から飛び出した。
同じく龍麻も。

地面に足がついて、獲物を敵に向ければ、出てくるのは凶暴な笑み。





…………決着はものの十分で着いた。






「お前ェら、こんなモンに何負けてんだよ」
「へェ……」






すんません、と呟く吾妻橋は、不自然に目を泳がせている。
それに気付いた京子がなんだよ、と詰め寄ると、また吾妻橋はおどおどと視線を彷徨わせ、






「あの、アニキ、あの……その、スカート…」
「あ?」
「……の、下に…何履いてんですかい…?」
「―――――ああ」






これか? と。
端を摘んでスカートを捲る京子。

そうして姿を見せたのは、女の子のショーツではなく、運動着用のハーフパンツ。






「……なんで……」
「葵と小蒔が履いとけって煩ェんだよ」
「………はぁ……」
「っつーかテメーは何処見てやがんだ」
「だッ!!」






ガツン、と吾妻橋の頭部から硬い音が響く。


捲れる事は気にしなくても、捲れた末に見られれば怒る。
なんとも理不尽だが、吾妻橋はされるがままだ。

其処に龍麻が更なる追い討ち。






「吾妻橋君、京のパンツ見たいからわざわざ負けて来るんだよね」
「…………ほ〜お。」
「へぇッ?! いや、ちょ、違ッ……」






授業の真っ最中でも、ゴロツキが勝負を挑んでくれば京子は須らく受けて。
廊下を渡って階段を下りて、下駄箱を通って、グラウンドまで――――等と言う事は面倒なので、大抵窓から飛び降りる。
その際、スカートを押さえたりなどしないから、当然下にいる物からその中は見えている訳で。

見えていた事を言わないか、京子がそれに気付いていない(気にしていない)限りはお咎めなしなのだが、うっかり口を滑らせたり顔が明らかにニヤけていたりすると、十中八九、鉄剣制裁の目に合う。


吾妻橋は鉄剣制裁を一番多く食らっていると言って良い。
近頃のゴロツキ連中は一度吾妻橋を間に挟んでくる事が多い(多分、居場所だの弱点だの聞くとか、おびき寄せようとか言う魂胆だ)。
そして真神学園に来る時は吾妻橋達をズルズルと引き摺って来て、舎弟が弱いなら“歌舞伎町の用心棒”も云々と京子を挑発しようと試みる。

その末、須らく、呆気なく敗北して行くのだけれども。


近頃、妙にそれが頻繁になったから京子も気になってはいたのだ。
吾妻橋達が奴らを先に片付けてくれれば詰まらない喧嘩をする必要はなく、更に言うなら、吾妻橋が負けるような相手ではないと言うのに。
どういう訳か墨田の四天王は黒星続きで、京子はしょっちゅう窓から飛び降りている。






「知らなかった? 京が窓から飛び降りる時、吾妻橋君も皆も、いつも見てたよ」
「………………へえ。」
「いや、違います! マジで! たまたまスよ、そんな、見てねェ時もあり……」

「つまり、いつもは見てると。」






あははーと笑って言う龍麻と、木刀を握る手に力を込める京子。









「死んどけ!! 陽炎・細雪ィィィィィィィッッッッ!!!!!」

「「「「ぎゃあああああああああッッッッッ!!!!」」」」









綺麗なユニゾンの悲鳴が上がり、派手な爆発音が響き。
四人の男達は、見事な弧を描いて中空を舞った。


……吹っ飛んだ男達が、重力に従って落ちて来る最中。






「京、放課後スパッツ買いに行こう」
「なんでェ急に。ンな金ねェぞ」
「僕が出すから」






聞こえてきた会話に、吾妻橋はひっそりと親指を立てていた。







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スカート捲れて見えたらハーフパンツってのは萎えるよねって話。いや、京子ならそれもアリですが(笑)。

なんだかんだで龍麻も気にしてたらしい…… 最近、うちの龍麻はムッツリ(如月じゃなくて)なんじゃないかと思うようになってきた。
吾妻橋達は欲望に素直でいいと思う。そしてぶっ飛ばされればいい(これも愛です)。