曇天の川面にて



七夕なんて京子にはまるで興味がなかった。
織姫だの彦星だの、年に一度しか逢えない恋人同士だの、正直言ってどうでも良い。

筈だったのに。






「折角恋人がいるんだから、一緒に過ごさなきゃ」






――――そう言ったのがアンジーだったものだから、下らないとかバカバカしいとも言いきれず。
何せ純粋な好意から言われた言葉だったから。


そんな訳で、現在京子は、恋仲である龍麻と共に『女優』の外のテラスにいる。
時刻は既に夜を迎えており、店の横にあるのは河川敷だけで、街灯も少ない。
遠くにビルが乱立する都心が見えるが、人口灯は此処まで届いて来なかった。

だから人口灯による光害と呼ばれる現象も少なく、星見には良い場所と言えなくもないのだが――――此処に来て天候は味方してくれなかった。


この時期、日本列島には梅雨前線が通過する。
今日も日中からちらほらと雲が見られ、夕刻頃には突然の雨が降り、それはものの数分で止んだのだけれど、それから雲は結局晴れず終いとなった。

曇天に覆われた空に、勿論星明かりは見られない。
あるのは澱んだ雲と、湿気でレベルアップした不快指数だけ。
テラスは幸い水捌けが良いので、木枠に寄り掛かっても少し冷たいだけだが、恋人同士の語らいをするには不向き。
いや、そもそもこの二人の間にそんな甘やかな空気事態が存在しないのだけれども。



かと言って好意から追い出された手前、店の中に戻るのもどうかと思ってしまう訳で。






「………あ〜………」






どうすりゃいいんだ。
そんな心中を吐露するように、京子は長い溜息を吐く。

傍らで曇天を見上げていた龍麻が此方を見遣り、くすりと微笑んだ。






「仕方ないね。梅雨明けもまだだし」






溜息を、天の川が見られない事への残念さだと思ったのか。
敢えてそんな勘違いをして見せているのか。
京子には判然としないが、取り敢えず話題に乗ることにして、そうだな、と漏らす。


京子は木枠から離れて、わざわざ用意してくれた椅子へと腰を下ろした。

二人分が並べられた椅子だったが、京子はもう一つの椅子を脚で少し押しやる。
龍麻が此処に座るかは知らないが、なんとなくそうして置きたかったのだ。






「お店は忙しそうだね」
「あ? ……ああ、そうだな」






龍麻の言葉に店の方へと首を巡らせると、確かに今日は忙しそうだ。
七夕スペシャルデーだとか言っていたような気がする。
効果があるのか甚だ疑問に思っていた京子だったが、案外評判は良いようだ。

だったら今はまだ中に戻らない方が良いだろうと踏んで、京子は椅子に座ったまま空を仰ぐ。
其処にはやはり曇った暗い空しかなくて、何も面白くねェなと胸中で一人ごちた。
星空が見えたからと言って、違う感想を抱いたかと言うと、否であっただろうけれども。


アンジーもまさかこの時間になってまで曇りが続くとは思わなかったのだろう。
実際、天気予報で確認した時は、夜になったら雲は通り過ぎると言っていた。
あの予報士は嘘吐きだな、と京子は勝手に思う。

この調子では、あと一時間待っても空は晴れないだろう。
明日になって拝めるかどうかも怪しい気がする。



……たと言うのに、京子の目の前にいる男は、にこにこと楽しそうで。






「お前ェは良いよな」
「何が?」
「いや、別に」






なんでも楽しく思えるのなら、それは良い事だ。
現実主義の感が強い京子には出来ない。
羨ましくなる――――が、別に彼のようになりたいとは思わなかった。


龍麻はしばらくきょとんとしていたが、やがて、またくすりと笑い。






「僕は、ほら。京と一緒にいられたらそれで良いから」
「……安い奴だな」
「酷いよ」
「事実じゃねェか」






呆れた目で言いながら。
普通の女だったら、さっきの台詞は赤面モンだったんだろうなと思う。








降って来た口付けを甘受しながら。
その向こうにある曇天の隙間に、京子は一瞬、小さな光が瞬いたような気がした。








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色気もなんにもねー! ロマンの欠片もねー!
そんな龍京が好きなのですよ。

……これにょたにする意味あったのかな(爆)。