ROCK LIVE 01




5月に入って新しく加わったクラスメイトを、真神学園3−Bの生徒達は暖かく迎え入れた。




季節外れの転校生とあって、生徒達は皆浮き足立ち、興味心身で龍麻に話しかけて来る。

龍麻はあまり人と喋るのは得意ではない方なのだが、それは単純に、自ら積極的に話す事が少ない程度の事だ。
人見知りをする訳ではなく、聞かれた事には物怖じせずに答える。
その際に見せるふわふわとした柔らかな笑顔が、女子生徒にはまたチャームポイントに映っていた。


そんな調子で、休憩時間になれば誰かが声をかけてくる、と言う学園の新生活が始まって二週間。
そろそろクラスメイトの顔を一通り覚え、特に話をする機会の多い生徒の名前はフルネームで覚えた頃。

生徒会長とあって何かと気を遣ってくれる美里葵から、龍麻は誘いをかけられた。






「緋勇君はバンドって聞いたりするの?」






バンド、と言う単語が葵から告げられたことに、龍麻は少し驚いた。

品行方正、若しくは清楚と言う言葉が似合いそうな葵である。
一般的なイメージとして、ロックやポップス等を彷彿とさせる“バンド”は彼女には遠い単語のように思えたのだ。






「バンド…?」
「ええ。結構、こう…激しいのとか」






それを聞いて益々驚いた。

葵のイメージを音楽と結びつけるなら、やはりクラシックの類になるのではないだろうか。
綺麗に梳いた長いストレートの黒髪に、立ち振る舞いは気品さえ感じられる事がある。
そんな彼女が激しい音楽───前の言葉からしてロックバンドの類だろうか───を聞くとは。


いや、聞くのは個人の自由である訳だから、彼女が自身の外見イメージと違う物を聞いても悪い事はない。
ただどうしても、龍麻にはそんな絵が頭に浮かんでこなかったのである。



問いかけの返答がない様子に、葵は迷うように手の指を遊ばせて、ええと、と言葉を捜しているようだった。
其処へ助け舟を出したのは、葵と中の良い桜井小蒔と、隣クラスの3−Cの生徒である遠野杏子だった。






「緋勇君も誘うの? 葵」
「ええ、チケットは5枚あるし、折角だからと思って」
「流石に美里ちゃんは気が利くわよね〜」






小蒔は葵と一年生の時から親しくしており、親友だと言う。
遠野は新聞部の部長(部員が彼女一人なので、正確には同好会らしいのだが)で、生徒会長の葵と、弓道部主将の小蒔の人気にあやかった新聞を作る事が多い為、二人のクラスに入り浸る事が多いらしく、その結果、二年間の内にすっかり二人のクラスの輪に馴染んでしまったのである。

今日も今日とて、いつものメンバーでお喋りをしていた所を、葵が一人抜けて、龍麻の下に来た。
そして先の言葉が飛び出してきた、と言う経緯である。



言葉を悩ませていた葵に代わって、遠野はゴムで纏められていたチケットを龍麻に見せ、






「あたし達が贔屓にしてるバンドがあるのよ。このクラスの子がボーカルやってるの」
「そうなの?」






遠野の言葉に、龍麻は教室内を見回してみる。
それを見た小蒔が苦笑する。






「探しても今日はいないよ。って言うか、此処ンとこまともに学校来てないんじゃないかな」
「ええ。だから、緋勇君は逢った事もないと思うの」
「じゃあ誘うのは丁度良いトコだったわね。次にいつ来るか判んないもんねー、あの子」






三人の会話から、どうも休み勝ちのクラスメイトがいるらしい、と龍麻は初めて知った。


そう言えば、教室にはいつも空いている椅子が一つあった。
座る席は特に指定されていないので、皆バラバラに陣取るのだが、その椅子だけは低位置で無人になっている。
どうやら、その席が休んでいる生徒の指定席のようだ。

龍麻が転入してから二週間の間、その席が埋まっている事もなければ、それを誰かが話題にする事もなかった。
クラスメイトが二週間も休んでいると言うのに、誰も心配する様子もない辺り、まだ見ぬ生徒の長期の休学は珍しい事ではないらしい。

体が弱いのかな、と龍麻は今日も空席になっている窓辺の椅子を見遣って思った。



龍麻の机の上に、遠野の手からチケットが一枚置かれる。






「これ、その休んでる子から貰ったの。とにかく客集めてくれって言われててね。ま、そんな事しなくても、結構集まる位に人気あるんだけど」
「ふぅん……凄いんだね」
「ドリンク代で500円はいるけどね。聞いて損はしないと思うよ。ハードなのが苦手だったら別だけど」






強制ではないと三人は言うが、龍麻は少しだけ興味が涌いた。
今まで山間の田舎で暮らしていて、こういった事とは無縁であっただけに、知的探究心がくすぐられる。

音楽に限らず、龍麻は好き嫌いと言うものがない。
物事そのものに淡白なので、あまり執着がないのも事実だが、代わりになんでも見る事が出来た。
ハードロックのような音楽に接した機会は今までなかったが、良い機会かも知れない。

何より、折角クラスメイト達が誘ってくれているのだ。
龍麻にとっては、それが一番嬉しかった。


手に取ったチケットには、開演の日時と場所、参加する複数のバンドグループの名前が書かれている。
そのグループの名前の中で、一番上に書いてある名を葵が指差した。






「このバンドにクラスの子が参加しているの」






片仮名や英文字のバンドが多い中、日本語で書かれたグループ名。
たった二文字で作られた名は、『神夷』。






「去年の学園祭とか凄かったのよ。体育館で、ゲリラでライブやったの」
「後で先生に怒られまくってたよねェ」
「でも、凄く楽しかったわ」
「そんな事言う辺り、葵も結構馴染んじゃったね」






クスクス笑って言う小蒔に、葵もそうね、と言って微笑む。
小蒔と葵はそのまま昔話に花を咲かせ始めた。

それを傍らに聞きながら、遠野が改めて龍麻に尋ねる。






「で、どう? 一緒に行く?」








───────問い掛けへの返事は、もう既に決まっていた。










♂京のバンドネタが全く進んでないのに、今度は♀京でバンド設定です。

♂京のバンド設定は、京一が結構荒んだ思考回路してるので、ちょっと孤立勝ち。
♀京の場合は、そこそこ皆と仲が良いようです。でも、多分此処に至るまではすったもんだあったと思う。





ROCK LIVE 02




日曜日の夕方。
新宿駅で葵、小蒔、遠野と、もう一人、クラスメイトの醍醐雄也と合流し、龍麻は先日誘われていたバンドのライブハウスへと向かう。

道中で葵が差し入れを買って行きたいと言うので、一行は少し道を外れた。
最寄のコンビニでお菓子を選ぶ女子グループに対し、龍麻と醍醐は外で待機する事にした。



入り口横で壁に背中を預けた醍醐は、龍麻をじっと見下ろしている。


巨漢の所為で初見では威圧的に見えた醍醐だが、性格は見た目に反して穏やかだった。
趣味は料理だと言う事で、実際、放課後に家庭科室を借りて何か作っていることも多い。
また、特に桜井小蒔を前にすると、まるでデレデレになってしまい、威圧も何もあったものじゃない。

龍麻は、このクラスメイトとも比較的よく話をしていた。
レスリング部の主将である醍醐は、龍麻が古武術使いである事を、最初に握手した時に見抜いた。
一度で良いから手合わせしてみたいと言われた龍麻は、曖昧に微笑むだけだったが。


しかし、二人きりと言うシチュエーションは初めてだ。
恐らくそれは醍醐も感じている事だろう。



龍麻は見下ろして来る醍醐を見上げ、首を傾げて問う。






「どうかしたの?」






それを切っ掛けにして、醍醐もようやく口を開いた。






「いや、意外だと思ってな」
「……ライブに行く事?」
「ああ」
「だって誘って貰ったんだし」
「まぁ、それはそうなんだが」






腕を組んで、醍醐は唸るように考える仕草を見せてから、






「お前がロックバンドを聞くような性格とも思えなくてな。だから少し驚いている」






言われてから、ああその事かと龍麻も納得した。


確かに、龍麻自身も自分がロックバンドのライブに行く事があるとは思っていなかった。
今回誘われる事がなければ、今後も見に行くことはなかったかも知れない、と思う位に。

だが、先にも言ったが、折角クラスメイト達が誘ってくれたのだ。
其処には、まだ見ぬクラスメイトの紹介と言う理由もあると言う。
クラスメイト達の行為を無碍にする程、龍麻は無神経な性格ではない。






「まぁ、何にしても、楽しめれば良いな」
「うん」






醍醐からの気遣いを感じて、龍麻は嬉しくなって微笑んだ。



コンビニの自動ドアが開いて、お菓子を買い込んだ葵、小蒔、遠野が出てくる。
まだ見ぬクラスメイト一人への差し入れにしては多い量だ。
どうやら、クラスメイトが参加しているバンドメンバー全員分を含めているらしい。






「普通は花とかが良いんだろうけどね」
「それじゃ喜ばないよ、絶対」






スナック系が多い袋の中身を見て苦笑する遠野に、小蒔が笑って言う。



元の最短ルートの道に戻ると、さっきよりも人通りが多くなっているように見えた。
付近の駐車場で車から降りる若者達もちらほらと見られ、その人々は皆同じ方向へと歩き出している。

どうやら、皆ライブハウスへと向かっているようだ。






「やっぱり、凄い人気ね」
「そうよね〜。おまけに、今日は“CROW”もシークレットで出るって話が流れてるのよ」
「じゃあパンクしちゃうんじゃない? あのライブハウス」






前を歩く葵、遠野、小蒔の会話。
龍麻は其処に出てきた名前らしき単語を聞き止め、隣を歩く醍醐に問う。






「クロウって?」
「俺達と同じ高校生のバンドだ。アンダーグラウンド……インターネットやアマチュアバンドの中じゃ有名でな。“神夷”と並ぶ人気を持ってる」
「シークレットって言ってたけど」
「シークレットゲストの事だな。参加すると表には発表されていないんだろう」






ふと龍麻は、チケットに参加するグループの名が連ねられていた事を思い出す。
ポケットに入れていたチケットを取り出して其処を見てみるが、醍醐達が話すものと思わしき名のバンドは明記されていない。






「“CROW”のメンバーが俺達と同じ高校生で、その高校も新宿にある所でな。ライブでよく一緒になるとかで、“CROW”と“神夷”は仲が良いんだ。“CROW”メインのライブに“神夷”がゲストで参加する事もあって、どちらかの冠になる合同ライブでは、こういう噂がよく流れるんだ」






チケットに目を落としたままの龍麻に、醍醐が説明する。
それを聞きながら、龍麻は只管、凄いなぁと胸中で感歎を漏らしていた。

自分の通う高校にバンドをしているクラスメイトがいる事、それもかなりの人気があると言う事。
先ずそれに驚いていた上に、ごく近所にもう一つ人気の高校生バンドグループがいるとは、更に驚きだ。
山間の田舎に住んでいた頃は、全く無縁でしかなかった世界が、あっという間に目の前に迫っている。
もう何に驚いて良いのか判らない位だ。






龍麻が表情に出さずに驚いている間に、一行は目的のライブハウスへと到着していた。







何故かうちの京ちゃんと雨紋は仲が良いです。
この二人は下らない話(笑)を延々してればいい。




ROCK LIVE 03



ライブハウスの外壁は、種類を問わないバンドやグループのポスターで埋め尽くされていた。
何月何日にこのグループがライブを開催だとか、ツアー遠征の予定表が記されたものであったり、とにかく多種多様。
可愛らしい女の子のアイドル系があれば、黒く塗り潰したようなホラー映画を彷彿とさせるものもあった。


中に入ると、更に沢山のポスターが廊下の壁一面に貼られている。
少し異様な雰囲気を漂わせた其処で、先ず最初にチケットの確認を済ませる。
それから、差し入れのお菓子はスタッフに言付けて、他の荷物はロッカーへと預けた。

ドリンクと交換になるコインと、チケットの半券だけを手に、五人は会場へのドアを潜る。






「凄い人の数だね」






道中で見た人々が一様に合流しているのだから、当然だ。
それでも思わずそう言ってしまう位、龍麻には驚く光景だった。

未だに都会の人ごみに慣れていない龍麻である。
この反応は無理もない事で、葵達もそれは理解していた。
そして、このまま人ごみの真ん中にいれば、遅かれ早かれ逸れてしまうであろう事も。






「緋勇君、あっちに行こう」






そう言ってホールの隅を指差した小蒔に倣い、一同の足は其方へと向かう。


隅になっていた其処は、どうやら、本来は二階の客席へと繋がる階段のようだった。
今回は使用されない手筈になっているらしく、幕が下りて侵入防止になっている。
しかし階段は四段分ほど登る事が可能で、此処ならばステージから遠くても、ゆっくりと見られるだろうと小蒔は言う。

一番背の低い遠野が階段の一番高い場所に昇り、その隣に折角の初のライブだからしっかり見れるようにと、龍麻も並ばせて貰う。
其処から葵、小蒔が階段の右側に一段違いでスペースを取る。
醍醐は長身が邪魔にならないように、半身になって階段の柵に寄り掛かった。



人はどんどん入ってきて、程なく、ホールは埋め尽くされた。






「後半になったらもっと増えるわよ」






あちらこちらへと場所を求めて移動する人々の頭を眺める龍麻に、遠野が言った。






「もっと……?」
「合同ライブだから、皆それぞれ目当てのバンドがあるのよ。全部見て行く人もいれば、目当てのバンドだけ見て帰る人もいて。“神夷”は多分トリだから、それまでに入れればって人もいるの」






龍麻は、埋め尽くされたホールを見渡した。

龍麻にして見れば、もうホールは飽和状態に見える。
これがもっとぎゅうぎゅう詰めになると言うのか。
凄いな、と龍麻は今日何度か知れない感歎の息を漏らす。






「緋勇君はライブ自体が初めてなんだし、取り敢えずは雰囲気を楽しんだら良いんじゃない?」
「そうね。私も最初はそうだったもの」






初めての頃を思い出したのか、葵が懐かしそうに微笑んだ。






「初めて此処に来た時、私、ちょっと怖かったの。こういう所って経験なかったから」
「葵の場合、ハードロックって時点で馴染みがなかったんだよね」
「そうね。嫌いじゃないけど、あんまり自分では聞かなかったわ」






でも、クラスメイトが参加しているバンドだと聞けば、やはり少し興味が涌いてくる。
同じ学校で毎日を過ごしているクラスメイトがどんな音楽を鳴らしているのか。
葵の入り口はそういった所だった。

それから、一年生の頃から新聞のネタを捜して飛び回っていた遠野に頼んで、ライブのチケットを取って貰った。
遠野は当時からアマチュアバンドをしているクラスメイトとよく話をしていたとの事で、話はスムーズに通ったと言う。
一人では不安なので、小蒔と遠野にも付き添って貰って行ったのが、葵のハードロックとの初対面に至る経緯である。


其処まで話してから、小蒔が黙って話を聞いていた醍醐へと振り返る。






「醍醐君は、ボクらが此処に来る前から来てたんだよね」
「ええ、はい。あいつとは中学が同じだったので」






醍醐がこの女子グループ三人と話をするようになったのも、切っ掛けはこのライブハウスだと言う。

葵がそろそろライブハウスと言う空間に慣れて来た頃に、三人は醍醐がライブに来ている事に気付いた。
それまでお互いに認識はあったものの、余り会話はしていなかったと言う。
彼女達と醍醐の付き合いのスタートは、此処からなのだ。


葵と小蒔は一年生の頃から仲が良かったが、遠野が此処に加わったのは、ライブハウスに来るようになってから。
そして醍醐も加わり、また同じ場所で龍麻もスタートすると言う事だ。

─────そう思うと、龍麻はなんだかむず痒くなる気分がした。






「ああ、ホラ。始まるよ」






照明が途切れ、暗くなっていくホールの中で、小蒔が言った。











──────ステージにライトが照らされた瞬間、観客達の歓声が響き渡った。












他のバンドの演奏は飛ばします。
だって設定もしてないもの(酷)。




ROCK LIVE 04



不意に、あれからどれ位の時間が経ったのだろうと思った。
時計を探してみたが、ホール内にそれらしいものは確認できない。
仕方なく、バンドの入れ替わりの合間に醍醐に聞いてみると、既に二時間が経過していた。

その間にホール内の客の顔触れはちらほらと入れ替わり、遠野が言った通り、出て行く人よりも入る人の方が数が多かった。
また、ドリンクコーナーでゆっくりと寛いでいた客が再びホールに参加したりと、益々ホール内は人で溢れ返っている。


しかし、ホールの隅を陣取っている龍麻達は、至って落ち着けたものであった。






「そろそろトリかな?」






スタッフ達がステージの音響設備を調整している間に、小蒔がチケットを取り出して呟いた。
演奏の終わったバンドと、記されたグループの数をチェックしている。






「うん、多分次で最後」
「“神夷”?」
「うん」






出ていないバンドは、既に一つだけ。
いよいよ、龍麻達が当初の目当てにしている、クラスメイトが参加しているバンドの出番が来るのだ。

ホールを埋め尽くす人々も、最初の頃よりもずっと増えて、待ち遠しそうにそわそわしている。
ステージの目の前を陣取ろうと移動している人、逆にゆっくりと落ち着ける場所を探す人と様々だ。


田舎から出てきた、と言う会話が龍麻の耳を掠めた。
何気なく其方を見てみれば、中学生か高校生と言った風貌の少女が友人と二人で壁際に立っている。
感極まって泣き出す少女を、友人は苦笑して宥めていた。

─────それほど、“神夷”に心酔しているファンがいると言う事だ。



休憩の為に灯されていた照明がふつりふつりと消えていく。

ステージ上で音響機材を調整していたスタッフが幕裏へと消えた。
入れ替わりに、暗がりの中でステージの上を歩く人の気配。
その気配が現れた一瞬、観客の声が上がって、再び静寂が落ちた。







そして、リズムを刻むドラムのスティックの音が鳴り。
静寂を打ち破る重低音が鳴り響く。

観客の歓声が上がった。









閃くように眩いライトに照らされたステージの上、スタンドマイクの前に立っていたのはベースを携えた少女。


肩口までの亜麻色の髪に、銀色の鋲が打たれたチョーカーを身に着けた、ハードロックスタイルのファッション。
ボトムはオーバースカートにボンテージパンツで、全体は黒系で統一され、紅いラインやシルバーの金具・アクセサリが際立つ。
ベースを掻き鳴らす指にも、装飾の凝ったリングが填められ、ライトの光を反射させている。

きつめの眦、潤んだ唇、そして百人以上はいるだろう観客を物怖じする事なく真っ直ぐに射抜く瞳。
確りと地に両足をつけてステージの上に立つ少女は、それまでのバンドの演奏者達とは明らかに異彩を放っていた。



ベースを鳴らし、少女は歌う。
その面立ちとスタイルに見合った声で、まるで叫ぶように歌う。






「あれが京子。同じクラスの子」






ベースを鳴らし、歌う少女を指差して、小蒔が言った。



少女─────京子は、今この瞬間、このホールの支配者だった。

観客は彼女を崇めるように腕を振り、叫びに呼応するように声を上げる。
踊る指先で爪弾かれる弦は、脳に内臓に響く重低音を鳴らした。


彼女を先頭にして、ステージの上に存在しているのは、四人の男達。

京子と最も近い位置にいるのは、彼女の下手側の斜め後ろでリードギターを鳴らす男で、右半身に大きな裂傷がある。
反対側の上手側には小柄で髪の毛を逆立たせた男がサブギターを鳴らしている。
下手側の一番後ろにでドラムを叩くのは、醍醐とは逆の意味で巨躯と言える男だった。
また上手側奥では、頭に包帯、頬にガーゼを貼った男がシンセサイザーを操る。

男達は、まるで彼女の侍従のようだ。
まるでこのバンドは、空間は、世界は、全ては彼女の為にあるかのように見える。



そう思わせる程に、彼女の存在感は他を圧倒していた。





オープニングであろう一曲目が終了すると、眩く煌き、ステージ上を行き交っていたライトが、ステージ全体を映し出す。
少女は顔にかかる前髪を掻き揚げて、息を吐いた。






『待った待った。待ちくたびれたぜ』






マイクの越しに聞こえて来た彼女の声は、歌の時とは違う音。
それでも龍麻の耳に残る。






『始まってから二時間だろ。暇だっつーんだよ。なァ?』
『へェ……でも、昔のアニキの方がヒト待たせてたと思いやすけど』
『あ? なんの話だ?』






マイクをスタンドから抜いて手に持ち、京子はリードギターの男に近付いていく。
ずかずかと言う擬音が似合う足取りに、男は腰が引けた。






『いや、なんでもねェっス!』
『ンだと? 中途半端で止めんじゃねェよ、オラ言ってみろ。怒らねェから』
『そりゃ今だけじゃないスか! 後でシメるとか言うでしょ、絶対!』
『つまりオレがどーしたってキレるような話をしようとした訳だな』
『してねないっスよ!』
『よし、後でシメる』
『やっぱりそうなるじゃねェかー!!』






泣き叫ぶ男の大袈裟なリアクションに、観客が笑う。
同様にメンバー達も笑っていたのだが、その中で、京子はドラムの男を指差した。






『オイこら押上。お前、さっき吾妻橋がオレの方が待たせたとか言った時、頷いてやがっただろ』
『え!? いや、ンなこたァ……』
『押上くーん。何処見てんだァ、お前? おいコラこっち見てみろ』






機材がある為に近くには行けないが、京子の威圧感を感じるのだろうか。
ドラムの男は目線を逸らしたまま、自分よりもずっと体躯の小さな少女と向き合おうとしない。

京子はそーかい、と呟いた後で、






『お前ェも後でシメるからな』
『げえーッ!!』






叫ぶドラムの男に、京子はもう見向きもしなかった。
ステージ中央に戻ると、スタンドにマイクを戻す。






『オレは良いんだよ、オレは。なァ?』






傍若無人な口振りで問い掛けた少女に、観客達は賛同するように声を上げる。







『良い気分だ! そンじゃあとっとと二発目行くぜ!!』







拳を上げるように、京子は手に持ったピックを高く掲げる。
観客達はシンクロを示す如く、咆哮を上げて自身の腕を振り上げた。




照明が踊る。
光が翻る。

乱反射する光の渦の中で、少女は腕を振り下ろした。













鳴り響く音の世界で、少女は何よりも誰よりも、輝いていた。















バンドメンバーは墨田の四天王です。……こいつら、楽器弾けそうにないけど、其処はスルーで(爆)。

色々設定考えてはいるのですが、果たしていつまで書くのやら(オイ)。
♂設定の方も進めないとなぁ。






→FUNKY GIRL