Handmade is glad. おまけ






あれから龍麻は、京子の作った料理の全てを平らげた。
中には流石に食べるのを躊躇う外観の代物も多く混在していたのだが、龍麻は文句の一つも言わなかった。
舌が馬鹿になるから止めろと京子は言ったが、それも全く意に介さないままで。

事実、時々、なんとも言い難い味の料理は幾つか存在していた。
だが葵が言った事ではないが、人間頑張ってみれば食べられないものはないらしい。
ゆっくり咀嚼すれば飲み込めたし、分量を間違えたのだろう苦さも辛さも、耐えられないものではなかった。
唯一、京子だけは恥ずかしさで耐えられたものではなかったのだろうが。


綺麗に空になった皿は、醍醐が洗っておくと申し出た。
葵、小蒔、遠野もそれに同調し、龍麻と京子は後残り僅かの昼休憩を二人で過ごす事になった。




家庭科室を後にした二人が真っ先に向かったのは、校庭の桜の木の上。







「京、疲れた?」







木に登るなり、寝る体勢になった京子に、龍麻は声をかける。
京子はその声から逃れようとするように、ふいっとそっぽを向いた。

龍麻はそれを追い駆ける事はせず、けれども同じ枝の上に腰を落ち着ける。
気持ち俯いている京子の表情は、長い前髪に隠されて伺うことが出来なかった。
後頭部で手を組んで枕代わりにしているから、耳がどうなっているのかも判らない。

でもきっと真っ赤なんだろうな、と龍麻は思った。



此処で昼寝をしている彼女を見るのは、実に一週間ぶりだった。


HR前や昼休憩になると、屋上と並んで高い確率で彼女は此処に来る。
龍麻もそれに伴って。

それがこの一週間の間、京子は醍醐と二人で家庭科室に篭りきって、料理の練習をしていた。






「京、聞いていい?」
「………」
「あのさ、」






問い掛けの返事はなかったが、龍麻は構わずに続けた。
このまま反応を待っていても、京子はきっと頷かないだろうと思うからだ。

けれど、駄目だとは言わなかったから。







「京、料理なんか面倒だって、前に言ったよね」







家庭科の授業をサボっているのを見た時、龍麻はどうしてサボるのか、と問うた事があった。
生物の授業は担任の犬神が嫌いだから、数学は眠くなるから、歴史は頭が痛くなるから。
色々と理由付けしてあるものの、総じて“面倒臭いから”という理由で在る事は間違いないだろう。
家庭科の調理実習や、被服に授業も、京子は同様の理由でサボっていた。

定められた授業ですら、面倒臭がって放り出す京子である。
気紛れを出して参加してみても、指を切ったり焦がしたり、とにかく相性が悪い。
彼女の気は益々、家庭科の授業から遠退くようになっていた。







「なのにどうして、料理の練習なんて始めたの?」







それがどういう理由で、自主的に、しかも醍醐に頼んでまで料理の練習を始めたのか。
葵と小蒔に理由を明かさず、遠野の追跡もあれだけ警戒し、龍麻さえも避けて。

どうして自分まで避けられなければいけなかったのか、龍麻はそれが一番知りたかった。


醍醐なら知っているかも知れない。
でも、本人の口からちゃんと聞きたかった。




じっと見つめていれば、それが今の京子にとって無言のプレッシャーになったのだろうか。
京子はゆっくり顔を上げると、あからさまに眉根を顰めて口を開いた。







「お前、」
「うん」
「……よくさ、」
「うん」






やっぱり自分が何かしたのかな、と思いつつ、龍麻は根気良く京子の言葉を待つ。







「………モテんだろ」
「……そう?」
「そうなんだよ」






京子の言葉に首を傾げると、恋人はまた露骨に顔を顰めた。


自覚のない龍麻であるが、事実、モテた。
転校してからすぐにラブレターを貰ったし、京子と恋仲になった今でも告白してくる生徒はいる。
その度、龍麻は好きな人がいるから、と断わっているのだが、中々どうして後が絶えない。
龍麻と京子が恋仲である事は、既にそれなりに浸透している筈なのだが。

――――――緋勇龍麻、結構な罪作りであった。
………本人は全く気付いていないし、気にしていない事である為、余計に。



きょとんとした龍麻の頭を、京子が叩く。
痛くはなかった。






「それで、」
「うん」
「…この前、」
「いつ?」
「忘れた。とにかく、この前だ」
「うん」






合間の質問をキッパリ返し、京子は続ける。







「一年だか二年だかがよ、」
「うん」
「お前に、弁当持ってきたろ」
「……うん」






それは龍麻の記憶にも残っていた。



先週の頭だったか、下級生が龍麻に弁当を持ってきた。
大胆にも(知らなかっただけかも知れない)、京子のいる前で。

龍麻は既に購買でいつものパンと苺牛乳を買った後だったから、気持ちは嬉しいけど、と受け取らなかった。
女生徒のそう言った行為が、ささやかでも憧れや恋心から生まれるものであるとは、龍麻でも判った。
妙な期待を持たせてしまうのも可哀想だし、第一、龍麻には既に京子という惚れに惚れた恋人がいる。
好意だけは受け取ることは出来るけど、お返しなんて出来ないから、龍麻はきっぱりと断わった。






「あれ、お前、受け取らなかっただろ」
「うん。だって、貰えないよ」
「そりゃいいんだよ。別に、な、でも、」
「うん」
「アン子と小蒔が、」
「遠野さんと桜井さん?」
「……言っただろ」






それを見ていた遠野が、皆揃った中庭で、「手作り弁当持ってくるなんて、龍麻君の事よっぽど好きなのね」と言い。
小蒔が「やっぱり男の人って手作りに弱いと思うのかな?」と言ったのが、今回の京子の行動の発端であった。

葵もそれを聞いて、「そうなのかもね」と微笑み、醍醐なんかは盛大に頷いた。
やはり好きな人に自分の手料理を食べてもらえるというのは、作った側として、この上ない喜び。
渡された側も、好きな人が自分の為にと思って作ってくれたと言うなら、それは何より最高の味になるものだ。


京子はその時、何を言うでもなかった。
龍麻と恋仲になるまで、恋愛経験もなければ、興味すらなかった京子である。
話題に入れるような要素を、何一つ持っていなかったから、聞いているのが精一杯だったのだ。
そういうもんなのか、と思ったのが精々で。

同じく龍麻も、どんなものかと疑問に思う事はあっても、やはり経験がなかった。
こんなにも人に囲まれたのは、真神学園に来てから初めての事だったから。






「だから、」
「うん」
「な、」
「うん」
「………」
「うん」






言葉を探すように、迷うように。
視線を彷徨わせて、京子は赤くなった顔をまた俯かせた。


恥ずかしさがピークに達したか、京子の頭から湯気が出ているように見える。
勿論、実際にはそんなものはないし、京子の顔が沸騰したように赤いからそう思えるだけなのだけど。

今の京子の心情は、まさに沸騰したように熱いのだろう。




目元を隠そうとする前髪を掬い上げて、龍麻は京子の額にキスをした。











「ありがとう、京」










醍醐に教わって、慣れない料理を一週間頑張って。
結果、料理の出来はあまり良いものではなかったけれど、それでも龍麻は嬉しかった。
一週間も放ったらかしにされたのは、まだもう少し、寂しい気持ちが残るけど。








「………もうしねェ」
「うん」







恥ずかしがり屋の彼女が、精一杯、喜ばせてくれようとしたのは判るから。
その気持ちだけで、龍麻は十分だ。













――――――でも、あの苺牛乳は、また飲んでみたいかなぁ。













おまけと言うか、後話と言うか、本文が長すぎたので此処に分割したと言うか(汗)。
設定Aの二人はラブラブなのですよ、結局。京子が直ぐ殴るけど(笑)。