一人占めしたいのは、多分、普通のことなんだ

























School of summer!

























真神学園にも夏がやって来た。
―――――となれば生徒の楽しみの中心となるのは、体育の授業引いてはプールである。

暑い暑い日差しの中、好んで机に齧り付いて勉学に励む生徒は極僅か。
殆どの生徒はプールの授業を今か今かと待ち侘びており、涼しい一時を今すぐにでもと希望している。


特に、男子が浮かれている。
何故か。




………男の性と言うものである。




プール授業となれば、男子の楽しみは勿論水という涼しく魅力的な代物もあるが、それ以上に女子の水着姿が彼らにとっては刺激的且つ異彩を放つものであった。

制服のように見慣れている訳でもなく、運動用の体操服よりも肌にぴったりと密着する水着。
水も滴る良い女とは言ったもので、無邪気に笑う傍ら、滑り落ちる流水に時に色香を感じ取ったりもして。
他にも、髪をアップにして見られる項や、晒された太腿や、育ちつつある胸や――――――

…とにかく、思春期の高校生男子が盛り上がるのも無理はなかった。



特に、男子生徒達が目をつけるのが、水着を押し上げる女子生徒の胸である。
これは視覚的にも判り易い違いで、各々大きいのが良いだの小さくても形がだのと、好き勝手に語り合っている。







そんな男子生徒達が一番注目しているのが、蓬莱寺京子であった。



























プールサイドで授業の開始を待つ男子生徒達に続いて、少し遅れて女子生徒もプールにやって来る。
そんな中に京子の姿を見つけて、男子の目が俄かに色めき立った。






「おっ、来た来た」
「やっぱスゲーよな、蓬莱寺」






男子生徒の話は、例に漏れずに京子の胸の話だ。

欠片も女らしくはない彼女なのに、胸の発育は成長著しいものがある。
クラス担任のマリア・アルカードにも中々引けを取らないのではないだろうか。






「他の女子と並ぶとより一層…って感じするな」
「でけェと形が崩れ易いって聞いたけどな。そんな感じしないし」
「でも柔らかそうだよなー……」
「出るトコ出て、引っ込んでるトコ引っ込んでるんだよなァ。正に完璧って感じだな」






豊満なバストに、引き締まった腰、張りのあるヒップ。
手足にも無駄な脂肪も筋肉もなく、日焼けした肌は彼女を健康的に魅せる。
足の爪先まで整っていて、モデル雑誌などに載っていそうな体型だ。

顔も悪くない、寧ろ整っている方で、釣り目の所為できつく見られ勝ちの印象は、笑えば少し幼いものに変わる。


これで性格さえ大人しければ、学園のマドンナ美里葵に匹敵する人気を誇っていたのではないだろうか。



女子の輪の中にいる彼女は、周囲の話などまるで気にしていない様子だった。
時折葵や小蒔が声をかければ相槌して一言二言返すが、それだけだ。
暢気に欠伸をして、準備運動もダラダラとやる気がない。
葵にちゃんとしないと駄目だと注意されるも、それも気のない返事をしただけである。

準備運動が終われば、プールサイドのフェンスに背中を当てて胡坐を掻いている。
葵が何度目か知れない注意をしたが、彼女はさっぱり聞く気がなかった。






「ホント、性格だけが問題だよな」
「あいつが大人しいのも想像出来ねェけどよ」
「ああ、言えてる。そりゃそうだな」






制服のスカート姿でも、彼女は人前で躊躇なく胡坐を掻く。
三階の教室からグラウンドへ、下に人がいようといまいとお構いなしに飛び降りる。

本当に女らしさとは程遠い。


彼女が女らしかったらきっと惚れたのに、と思うクラスメイトは、実は少なくない。
顔良し、体良し、どうしても見た目重視になってしまうのは、この際仕方がない事として貰いたい。
故に、これで性格さえこうでなければ……と思っている者は多いのだ。

しかし反面、彼女が女らしくしている様子も全く想像出来ない。
葵のようには勿論、小蒔もボーイッシュながらに可愛いものが好きだし、隣クラスの遠野も(ジャーナリスト根性による奇行がなければ)十分に女の子らしい性格をしていて、それらの性格は京子と全く結び付かない。
と言うのも、京子は真神学園に入学した当時からあの調子で、クラスメイト達にとってもそれが当たり前だった。
最初から女らしさから程遠かった彼女に、それを結び付けようとする事こそ至難の業であった。






「蓬莱寺が女らしくなったら、天変地異でも起こるんじゃねえの」
「それ冗談じゃ済まされないんじゃねえか?」






笑って話す男子達だったが、強ち外れちゃいないんじゃないかとも思う。
それ位の事が起きなければ、彼女の性格が変わるとは考えられなかったのだ。






「しかし、なんでそんな奴の胸があんなにデケェのかね」






改めて胸の話に戻って、一人が呟いた。






「木刀使う時に邪魔だって言ってたぜ」
「そりゃ邪魔だろ。あんな揺れるんだぜ」
「お陰で目の保養にはいいけどな」
「そうそう。特にこんな日はいいよな」
「暑いのは嫌だけど、だからプールもあるんだよなー」






男子達の視線は、殆ど京子一人に集中している。

その大多数の視線を感じてか、京子が居心地悪そうに辺りを見回していた。
そうしてきょろきょろと見回している間にも、豊かに育った胸が揺れている。






「……一回でいいから、揉んでみてェな」
「揉んで来いよ。殺されるだろうけど」
「間違いなく殺されるに決まってんだろ」






男数人相手に、木刀一本で無傷の勝利を取る京子だ。
並の男が寄って集って勝てる相手ではない。






「でもなー、確かに一度でいいから触ってみてェよ」
「だろ? 生涯でまたいつ拝めるか判んねェぞ、あんな完璧なのは!」
「今逢えてるのが奇跡だよな」






手を出せば確実に振るわれる木刀は、はっきり言って怖い。
しかしそれでも出したくなるほど、男子生徒達にとって京子の胸は魅力的だった。






「頼んだら、案外OKされたりして」
「それはないだろ、流石に。蓬莱寺でもさ」
「いやいや、万が一ってあるだろ」
「万じゃねーよ、億だよ、そりゃ」






一人の言葉に反対した生徒が一人いたが、その人物も若しかしたら、と考えていた。
……思春期の男子の希望観測として、大目に見て頂きたい。



京子の性格は、簡単に言えば男らしくてサバサバしているものだった。

スカートが捲れても気にしない(その中を見てしまえば木刀が跳ぶとしても)、男子とのボディタッチも平気でする。
抱きついたりなどと言う行為はしないが、密着する事に抵抗感を覚えている様子もない。
男子生徒が飲んでいた缶ジュースにも平気で口をつけるし、自分が飲んでいたものも平然と差し出す。

思春期の女子生徒なら敬遠しそうな諸々の所作を、彼女は完全にスルーしていた。


ならば、スキンシップの延長でOKされたりなんか――――――









「……ないよな」









視線の向こうで小蒔と低レベルな口喧嘩をしている京子を見て、思考が現実に還る。






「そーだよ、ないに決まってんだろ」
「事故で触っちまうより惨い事になるんだぜ、きっと」
「全治一ヶ月とか」
「三途の川見えるんじゃね?」






好き放題言われている京子であるが、強ち外れてはいまい。
男らしくてサバサバしていると同時に、彼女はプライドが高いのだ。
それを傷付けるような事を言えば、漏れなく病院送りになる。


……でも、と一人が小さく呟いた。








「……一回揉んでみてェよなァ………」








しみじみ呟かれた言葉に、一同が頷いた。




視線の先では、フェンスに寄りかかったまま座している彼女の胸を、女子生徒が触っている。
女子生徒達にとっては羨ましいのだ、彼女の体型は。
出来ればあやかりたいのである。

京子は判り易く顔を顰めていたが、それを振り払おうとはしていなかった。


男子生徒は総じて思う。
“羨ましい!!”と。






「女同士で触るのはいいんだろ」
「いいよなー、アレ。俺も女になりてェな。今だけ」
「馬鹿な事言ってんじゃねえよ、お前」
「だって触れるんだぜ。あわよくば揉むことだって…」
「……お前、そんなに餓えてたのか?」






両手の食指をわきわきと動かす男子に、周囲からは呆れた目線が向けられる。






「餓えちゃいねーよ! いねぇけど、やってみたいじゃねえか! あのデッカイ胸を思う存分、こう……!」
「判った判った。判ったから。声がデカイ」
「……女子がスゲー睨んでるぞ……」






高々と響いた声に、女子生徒から非難の目が集中している。
これでこの男子生徒の株は確実に落ちただろう。

そんな中心で、京子は相変わらず興味ありませんとばかりに欠伸を漏らしていた。
男子生徒の“バカな話”に、彼女は基本的にこの姿勢を崩さない。
……自分がネタにされていると知ったら、話は別かも知れないが。


向けられる刺々しい目線に堪えられなくなったのは、叫んでいる生徒ではなく、周囲の他の面々だった。






「あれだけデカイんだぜ。揉んで下さいって言ってるようなもんだろ!」
「オイ、誰かこいつ黙らせろ!」
「俺達が殺される!」
「ンな事言って、お前らだって考えたことあるだろ!?」






ビシリと指を挿されて、男子生徒達が一瞬静まり返る。

図星だ。
思春期であるから仕方がない。


黙り込んだ一同に、ほら見ろと主張していた男子が胸を張った。






「やっぱり考えたことあるんじゃねーか」
「いや、それは……なぁ…?」
「男だしよー……」
「そうだろ!?」
「だからってそれをデカイ声で言うなよ……」






女子から突き刺さる視線は、益々刺々しく、憎々しいものになっている。
葵は哀れんでいるような、悲しそうな瞳をして、小蒔は手元に弓矢があれば即射ってやろうかと言わんばかり。

……京子だけが相変わらずで、半目になって寝落ちそうになっていた。



男子生徒の暴走は止まらない。
女子からの冷たい視線も厭わずに、更に力説する。






「あれだけのモンを見て揉む気のない奴は、男じゃねえ!」
「お前の理屈が先ず判らねえよ」
「アレを手中に収めてこそ、男の中の男になれるんだぜ」
「……あれ一つで俺達の価値決まるのか?」
「…俺、まだ死にたくない」
「命を賭けてでも手に入れるに相応しいモンだろ、アレは」
「いや、だから死にたくないんだって。俺、平和に生きていたいから」
「バカ、それじゃ人生負け組だぜ!」






徐々に仲間たちからも冷ややかな目を向けられている男子生徒だったが、やはりまだ止まらない。







「ありゃ人類のお宝だぞ。ないがしろにするなんて勿体ねェ!」
「……宝かどうかは置いといて。別に、ないがしろにしてる訳じゃ…」
「そうそう。死にたくないだけ」
「最高の宝には番人がつき物なのは当たり前だろ」
「お前、ゲームし過ぎなんじゃねえ?」
「大体、その宝自体が番人ってのはアリか?」
「アリだろ。それをひっくるめて自分の手にするんだ。そんで俺のモンにして、……へへへへ」
「やらしい顔しやがるな……」
「お前、絶対女子の全員を敵に廻したぞ」
「俺助けないからな」






鼻の下が伸びきっている男子を、仲間達はもう手遅れと見なして溜息を吐く。

もういい、自分たちは十分に止めた筈だ。
莫迦な発言も妄想も、脳内に留めて置けば良かったのにと。
女子からの冷たい視線は自分たちの所為じゃない、決して。



顔の筋肉が弛緩したまま、決めた、とその男子が拳を握る。











「俺はあの宝を手に入れるぜッ!!」



「――――――ふーん」











高らかに響いた宣言の後、生徒達の耳に届いたのは、呆れでも拍手でも非難でもなく。
なんでもない事の相槌のような、そんな一言。



男子生徒達がピタリと固まって、ギギギ、と錆びたカラクリ人形のようにゆっくりと振り返る。

振り返った先にいたのは、呆れた顔の醍醐雄矢と。
いつもと同じ――――いや、同じで何処か違う笑みを浮かべた、穏やかな表情の、








「「「「「緋勇ッッ!!!」」」」」








ずざざッ! と男子生徒が波が引くように逃げる。
それを緋勇龍麻は、にっこりと笑みを浮かべて見つめ、





「なんの話してるの? 宝探しゲーム?」
「い、いや……」
「まぁ…そんなモン、かな…?」
「ふぅん」






向けられる笑顔に、一同は引き攣った愛想笑いを浮かべる。
その陰で、一人の生徒が蒼白になっていた。



何故ならば、そう。
緋勇龍麻と、件の話題の中心であった蓬莱寺京子は、恋仲であるからだ。

女っ気のない龍麻と、男よりも男らしい京子。
どういう経緯かは誰も知らないが、この二人は正式に付き合っている。
それはクラスメイト達の全員が既に知っていた。


緋勇龍麻は基本的に温和な人間であるが、それでも怒る時には怒る。
表情筋が余り動かないので、その兆候に気付ける者は極僅かだ。

……が、今のこの笑顔は、確実に常の穏やかなものとは違うと、全員が察していた。






「ひ、緋勇……」
「何?」






宣言真っ最中の勢いは何処へやら。
真っ青になった男子生徒が、恐る恐る龍麻に問いかけた。







「……さっきの話……」






何処から聞いてた? と。
蚊の鳴くような細い声で問いかけると、龍麻は少し考える素振りを見せてから、











「女の子達が来た時ぐらいかな」




(((((最初からじゃねえか!!)))))











途中からは、聞きたくて聞いた訳ではないだろうけど。
いや、だからこそ余計に、だろうか。

――――――笑顔の奥から滲み出てくるものが、恐ろしい。


龍麻の後ろに立っている醍醐も、龍麻の心情が汲み取れるのだろう。
その感情の矛先を向けられている一同に、同情の目が向けられていた。






「そういうものなんだね」
「いや……」
「僕はよく判らないけど」
「あ、そう……」
「でも、駄目だから」
「…………はい」






きっぱりと言い切って、龍麻はその場を離れていく。
向かう先は女子の輪の中で、その真ん中に彼の恋人は座っている。


女子の非難の目は、一切龍麻に向けられなかった。
話の最中に輪の中に加わっていなかった事もあるし、そんな話に好んで乗るように見えないからだろう。

龍麻は周囲の女子の剣呑な空気に構わず、恋人の前に辿り着くと、







「京」
「……んぁ?」






呼ばれて、舟を漕いでいた京子の頭が上がる。
相棒の姿を目の前に認めて、よう、と京子が手を上げた。






「競争しよう」
「いいぜ。何メートルだ?」
「京が決めていいよ」
「50な」
「うん」






立ち上がって伸びをして、京子はさっきもした柔軟をもう一度やる。
それを龍麻は、じっと見つめていた。


単純に柔軟が終わるのを待っているようにも見える龍麻の視線に、京子はいぶかしんで眉根を寄せる。






「なんだよ」
「何が?」






問いかけても龍麻は表情を崩さず、逆に問い返してくる。
何がと言われると京子もよく判らず、がりがりと頭を掻いただけだった。






「……ま、いいか。――――葵、スタート頼むぜ」
「ええ」






授業が始まるまで、まだ余裕があるからだろう。
葵は止める様子を見せず、京子の要求に頷いた。


全部で六本のレーンの真ん中、三本目と四本目に立つ二人を、女子が囲む。






「50だから、往復な」
「うん」






飛び込みの姿勢に屈む京子。
龍麻は少しの間それを見つめた後で、同じように姿勢を低くした。

葵がスタートを宣言した直後、二つの水飛沫と大きな歓声が上がった。














――――――――夏の始まりの日。


勝利に腕を振り上げる少女を眺めながら、今日から大変だなぁと一人ごちる龍麻であった。



















7月(夏真っ盛り!)と言うことで、プールネタ。って言うか、男共のバカな会話(笑)。
興味がないので、自分がネタになってると気付かない京子。
そして笑顔で怒る龍麻様。

スクール水着っていいよねぇ(へんたい!)