僕らにとっては、いつもと同じ一日だけど
少しだけ、変えてみようかと思ってみる

























Sound of bell to sneer at fool. 前編


























良く言えば現実主義というのだろう。
教室でクリスマス談義に盛り上がるクラスメート達を、冷めた眼差しで眺める京子を見ながら、龍麻は思う。



元々、こういった行事に敏感でもなければ、興味すら持っていない彼女である。
如何に世間がクリスマスだのなんだのとお祭りムードになっても、京子は一切合切関わらない。
強いて言えばクリスマスシーズンに乗っかった飲食店のサービス品だとか、お菓子詰め合わせの袋だとか。
早い話が食べ物に関わる事に限定されれば反応するが、それも別に、クリスマスムードに酔っての事ではない。
常よりもずっと安い値段で美味い物にありつけると言う、お得感に誘われる程度のものだ。

最近、ちらほらと降り始めた雪にも、彼女は全く関心を示さなかった。
遠野に「クリスマスにも降るかしら?」と話を振られても、「冬なんだから降るんじゃねえの」としか言わず、遠野は少々がっかりしたような表情を浮かべていた。
遠野としては雪が降るか否かではなく、“クリスマス”という部分に反応して欲しかったのだろうに。


サンタクロースを信じる歳でもなく、更に言うなら、聖夜の奇跡なんてものに願いを馳せるような性格でもなし。
きっと今日も、いつもの店でラーメンを食べて、『女優』に帰って寝るのだろうなと、龍麻は思った。
強ち外れてはいまい。




盛り上がっていた女子の輪の中から、小蒔が葵に声をかけた。
真面目にノートの内容をまとめていた葵が顔を上げ、手招きされて輪に加わる。

それと入れ替わりに、すっかり3-Bに馴染んでしまった遠野が輪を抜けて、京子と龍麻に近付いた。







「お二人さんは、やっぱり予定があるのかしら?」
「あ? なんの話だよ」
「またまたァ。決まってるでしょ」







メモ帳とシャーペンを手の中で弄び、問う遠野に、京子は眉根を寄せた。
本気で判らないという表情をする京子に、遠野はまぁそんな事だろうとは思ったけど、と呟き、







「クリスマスよ、クリスマス!」
「ああ、12月だからな」
「そうじゃなくってェ! もーッ、京子に言ってもつまんなーい!!」
「そりゃ悪かったな」






ちっとも悪びれた様子なく言う京子に、遠野はむーっと頬を膨らませる。
だが、京子のその反応も予測はしていたのだろう。
一つ溜息を吐くと、気を取り直したように眼鏡のズレを直し、メモ帳を開いて龍麻に向き直る。







「で、緋勇君、どうなの?」
「どうって……」
「やっぱり入っちゃってる?」
「そりゃそうだよ、アン子」






一通り盛り上がって気が済んだらしい小蒔が割って入る。
その隣で、葵が眉尻を下げて苦笑していた。






「折角のクリスマスなんだから、邪魔しちゃ悪いよ」
「ごめんね、京子ちゃん、緋勇君…」






謝る葵に、龍麻が緩く首を横に振る。


小蒔の手には、レストランの紹介雑誌。
やはりこれも例に漏れず、クリスマス特集と表紙に大々的に載せられていた。
恋人と行く店、女友達と行く店……等々、多種多様だ。

裏表紙も同じく、サンタクロースのイラストで、クリスマス一色である。






「だって桜井ちゃん、6人以上で行ったらパーティ割引よッ! 食べ放題で更に割引、行かない手はないわッ」
「ボクも行きたいけどさ、二人の邪魔しちゃ駄目だって。緋勇君一人、男子って言うのも…」
「何言ってんの、醍醐君がいるじゃない」
「まだ誘ってないのに!?」
「大丈夫! 桜井ちゃんが誘えば、絶対OKだから!」






力説する遠野に、桜井は意味が判らないようで首を傾げる。
何故自分が誘えば醍醐がOKするのか、というのが理解できないらしい。

桜井の理解を待たないまま、遠野は如何にお得かという事を語り続ける。
普段の値段から計算して、その店の人気、他店との比較値、等。
生き生きと語る遠野に、相変わらず何処から情報を仕入れているのか疑問に思う龍麻だ。
それは京子も同じようで、呆れた表情で遠野を眺めている。


放っておくと延々語り続けそうな遠野を制したのは、葵だった。







「気持ちは判るんだけど、アン子ちゃん……緋勇君と京子ちゃんは…ね?」






やんわりと宥める葵。
両手を握って力説していた遠野だったが、葵の笑みに絆されたのか。
判りやすく盛大な溜息を吐き、剥れた表情で龍麻と京子を見、







「……で、やっぱり予定は埋まっちゃってるの?」







判り切っていることを聞くという雰囲気で、唇を尖らせて問う。


なんとなく、龍麻は黙したままの京子を見遣った。
京子はやはり口を開かないまま、無言で暫く三人を見上げた後、視線に気付いてか龍麻に目を向ける。

其処に他意はなかったのだが、傍目に見れば恋人たちがアイコンタクトを取ったようにも見えて。







「ほら、やっぱり〜」
「あ〜ん、パーティ割引〜……」
「ボク、雪乃と雛乃にも声かけてみるよ」
「高見沢さんは、やっぱりお仕事かしら…」







がっくりと肩を落とす遠野を慰めながら、三人は龍麻と京子に背を向ける。
退散する三人に手を振ると、屋上にでも行くのか教室を出て行く間際、葵が小さく手を振った。




教室内の賑やかさは変わらない。
その端、窓際の席で頬杖をついて、クリスマスムードに浮かれるクラスメート達を眺める京子の目も、相変わらず。
そんな京子を、龍麻もやはり変わらぬ姿勢で、じっと眺めた。


時刻は昼休憩、常ならば屋上なり中庭なりと赴くのだが、今日はなんとなく此処にいた。
龍麻が数分前まで眠っていたのもあるだろうが、それでも京子は、一人でさっさと行ってしまう事もある。
今日はなんの気紛れだろう。

外はこの季節の例に漏れず、木枯らしが吹いている。
陽光は分厚い雲に覆われて、大地はその恩恵に当たることが出来ず、空気は冷え込む一方だ。
だから外に出るのが億劫で、此処に留まっている―――――それが一番可能性が高い。



廊下の方から、醍醐の引っ繰り返った声が聞こえてきた。
どうやら、早速クリスマスパーティに誘ったらしい。

ものの数秒で交渉は終わったらしく、醍醐が教室に入ってくる 巨漢の背を僅かに丸めて、照れ臭そうに頭を掻いている。
OKを出したことは間違いなく、彼のクリスマスは、一先ず嬉しいものになりそうだ。







「良かったね、醍醐君」
「………あー」






前に座る彼女に言えば、気のない返事。

龍麻は醍醐へと目を向けたまま、嬉しそうに顔をくしゃくしゃにしている彼に、「良かったね」と呟いた。
強面がすっかり破顔して、龍麻もまた嬉しくなる。


其処に、京子の声。







「つーかよォ」
「うん」






京子は前を向いたまま、後ろを振り返ろうとはしなかった。
けれど、どんな表情をしているのか、なんとなく想像出来る。











「なんで予定が入ってるって、アイツ等の中じゃ決まってんだろーな」












――――――――それが“恋人同士”であるからだとは、行き付かない二人であった。



































場所の下見に行こうと言う小蒔の提案に則って、葵、小蒔、遠野、醍醐の四人は新宿駅へと向かった。
その枠から外れた、龍麻と京子を置いて。

最後のメンバーには、如月と雨紋の二人を誘うことになったらしい。
雨紋は“CROW”復活記念のクリスマスライブがあるだろうから、都合が着くかは判らないが、、きっと如月は行くだろう。
葵絶対主義の彼の事、葵の誘いを断わる事は先ず考えられない。



駅へ向かう4人を見送って、龍麻は隣で目を細めている京子を見、






「僕らは帰ろうか」
「ラーメン」
「うん」






単語だけで発せられた要求に、龍麻は頷く。

迷い無く、踵を返す。
向かう先は勿論、馴染みのラーメン屋だ。







「どういうお店だったのかな」
「知らねェ。興味ねェ」






きっぱり言い切る京子に、龍麻は苦笑する。






「何処かで苺食べ放題とかないかな」
「苺農家に行け。手っ取り早いぞ」
「あ、いいね。獲りたてで食べ放題」
「オレは行かねェからな」
「一緒に行く?」
「だから行かねェっつーの。ラーメン食い放題なら行くけどな」
「うん。じゃ、探しとく」
「……いらねーよ」






冗談で言った京子に台詞に、同調するように言えば、溜息交じりにお断りの台詞。



吹き抜けた風が冷たくて、龍麻は指先が悴むのを感じた。
京子も同じだったようで、木刀を持たない手に息を当てている。


何処に行っても、何をしていても、手放さない木刀。
手袋なんてしていないから、握る手はいつも空気に晒されていて、冷たそうに見える。

いつものラーメン屋に行けば、温まる。
でも、其処を出たら、また冷たくなる。
―――――なんとなく、勿体無いような気がした。



だって、と胸中で呟いて手を伸ばす。








「………なんだよ」







捉えた手を、握る。
木刀を持つ手とは、反対の。

案の定、その手は酷く冷えていた。
急場凌ぎとは言え、温めようという行為をしていた方がこんなに冷たいのだから、外気に晒され続けている手はどうだろう。
この手よりもずっと冷たいのは当たり前だろうし、握る指先が赤く悴んでいるのを龍麻は見つけた。


勿体無い。
だって、この手は本当は、とても暖かい筈なのに。







「京の手、冷たいね」
「当たり前だろ。寒ィんだよ」







何も不思議のない顔をして言う京子に、龍麻は眦を下げる。

握った手をそのまま、離さないで歩き出す。
京子が驚いたような声を上げた。






「おいコラ、龍麻」
「早く行こう」
「行く。行くから、離せ」
「いや」






きっぱり言って、龍麻は繋いだ手を引く。



こうして触れ合うことが、どうしてか京子は苦手だった。
一応自分達は恋人同士なのだけれど、道行くカップルのように、寄り添い合って睦言を繰る事はない。
手を繋ぐ事さえ、京子は中々良しとしないのだから、無理もない事だった。

まして、人前である。
人ごみだらけの都会の中で、道行く高校生カップルをまじまじ見るような人間はいないだろうけれど。


けれども龍麻は触れ合うことが好きだ。
京子とこうして手を繋いで、温もりに触れる瞬間が好きだった。







「龍麻、離せ」
「いや」






半歩後ろを歩く京子からは、離せという言葉しか出て来ない。
振り返ったら、きっと赤い顔が見れるのだろうなと思った。








「龍麻!」







語尾が強くなって来る。
けれど、龍麻は離さなかった。

本気で離すつもりなら、龍麻の反応を待たずとも、力づくで振り払える。
そんなに強く握っているつもりはないし、いつだって龍麻と京子の遣り取りはそんなものだった。
どちらがリードするとか、主導権があるとかなんて関係ではなく、対等であるのだから。


だから京子が本気で振り解こうとしないなら、龍麻は離すつもりはなかった。




でも、あまり勝手にばかりしていると、ラーメンを食べる頃には口を利いてくれなくなってしまうかも知れない。
離すつもりはないけれど、後で尾を引いてしまうのも寂しい。


前を向いたままで、龍麻は言った。






「寒いから」
「あ?」
「寒いから、こうしていようよ」
「あ、のなァ!」






少し強く手を引っ張ると、後ろを歩いていた京子が、隣に並んだ。
丁度赤信号に引っ掛かって、二人一緒に立ち止まる。

正面から捉えた京子の顔は、龍麻が予想していた通り、朱色を含んでいる。







「だからってな、歩き難いだろうが!」
「ゆっくり歩けば平気だよ」
「オレが平気じゃねェ!」
「京に合わせるから」






笑って言う龍麻に、京子はしばし睨みを利かせていた。
が、信号が青に変わる頃には、何を言っても無駄だと諦めたらしく、溜息を吐いて進行方向へと目を向けた。

寒いからな、と小さな呟き。
自分に言い聞かせているようで、龍麻は小さく笑った。
全部照れ隠しなのだ、結局は。


繋いだ手には、僅かではあるが、徐々に温もりが戻って来ている。







「あ、そうだ」
「なんだよ」






横断歩道を渡りきった所で、龍麻はふと思い出す。








「京は、クリスマスどうするの?」
「別に、どうもしねェぜ」







問いかけには、これでもかと言う程あっさりとした返事。
その言葉がなんとも京子らしくて、龍麻は眉尻を下げた。



――――――クリスマスの予定。
そんなものは、からきし何も決まっちゃいなかった。

昼、学校での友人達との遣り取りの中では、明らかに龍麻も京子も予定が決まっている前程があったが、その実、何も定まってはいないのだ。
決める所か、あそこに行きたい、あれが見てみたいと言う目星すら立っていない。
世間が如何にクリスマスムードに浮かれようと、行事ごとに敏感ではない龍麻と、一切興味の無い京子では、そんな予定も立てようがなかった。
遠野や小蒔がクリスマスの話題を振らなければ、何事もなく、ごく普通の一日として過ぎて行ったに違いない。


どちらか片方が行事ごとに敏感だったり、流行を気にするようなら、こんな事にはならなかったのだろう。
けれども、仕方がない、何せ二人ともそんな性格をしていないのだから。







「でも、桜井さん達は決まってると思ってるみたいだよ」







小蒔は、恐らく、クリスマスデートの邪魔をしないように配慮したつもりなのだろう。
その気遣いを無にするのも、龍麻は少々忍びなかった。








「折角だから、一緒にいようよ」







龍麻の言葉に、京子は胡乱な目をする。






「何がどう“折角”なんだよ」
「桜井さん達が気を使ってくれたから、折角」
「…あいつらが何に気ィ使ったんだよ」






悴みに耐え切れなくなったのだろう、木刀を小脇に挟んで、右手に息を吐きかけながら京子は言う。

どうやら彼女は、級友達が勘違いとは言え気を使ってくれた事にも気付いていなかったようだ。
龍麻には十分予想の出来た話だったが。



鈍い恋人に苦笑して、いいじゃない、と龍麻は言った。






「デート、しよう」






隣を歩く京子を見つめて言えば、しばしの間、きょとんとした顔が目の前にあった。
言われた言葉の意味を理解しかねて、切れ長の瞳が大きく見開かれている。



二人きりで歩くことがデートと言うなら、龍麻と京子にとってもう日常的になっている。
揃って馴染みのラーメン屋に行くでも、何をするでもなくブラブラと街を歩き回るでも。
映画を見に行くとかファミレスに行くとか、世間でよく見るような甘さはないが、小蒔や遠野はそれをデートであると言う。

けれども二人の間にはそういう意識がないから、他者からどう見られるものであっても、それは二人にとって“デート”にはならなかった。
今だって二人歩く帰り道、所謂“放課後デート”と言う奴なのかも知れないが、二人にとっては単なる“帰り道”でしかない。


――――――そう思ったら、改めて“デート”をした事ない事実に気付いた。


当たり前に一緒にいるから、今更二人で何処かに行こうなんて思わない。
互いを互いに意識するよりも前からつるんでいるのだから、尚更だ。

だから「クリスマスだから一緒に過ごしたい」なんて事も思わなかった。




けれど。






「………なん、だって?」






聞き間違いであるかと確認するように問うて来る京子。
そんな恋人に龍麻はふんわり笑みを浮かべ、







「デート、しよう」







一言一句、同じ文字でもう一度。
言えば今度は理解できたようで、益々両目が大きく見開かれる。

それから、寒さではない所為で京子の顔が赤く染まった。



京子の口が開く。
多分、馬鹿か、と言おうとしたのだろうと龍麻は思った。

だがその瞬間に、龍麻は繋いでいた手を離す。
突然の左手の喪失感に、京子は開いた口もそのままに、またぽかんとしてしまった。


二人の前には下りになる階段があり、降りた先には行き付けのラーメン屋。






「25日、駅前で待ち合わせだよ」






先に階段を降りながら、上で固まってしまっている京子を肩越しに見上げて言う。


京子は、見上げる龍麻を見下ろしたまま、動こうとしない。
まさか其処で動かずにいる訳にも行かないだろう、何せ真冬の空の下である。
しかし沸騰し切った頭は働くことを放棄したのか、このまま放って置いたら、京子は明日の朝まで此処で固まっていそうだ。

赤い顔のまま棒立ちになって、恐らく今現在、彼女の頭の中はただ一つの単語で一杯なのだろう。
改まったように聞いた、自身には不似合い―――だと本人は思っている―――な単語で。






「でぇ……と……って………」






辛うじて零れた言の葉も、口に出すのも躊躇われるかのように途切れがち。






「雪、降るといいね」
「………」
「でも雪が降ったら寒いよね」
「…………」
「待ち合わせ、辛いかなぁ」
「…………」






龍麻が階段を降り切っても、京子は階段上から動かない。

寒いし、腹も空いているのだから、早く降りてラーメン屋に入らないと。
このままこうしていたら、龍麻も京子も風邪を引いてしまう。







「僕、迎えに行こうか?」

「――――――いらねェッ!!」








その時の光景を想像したのだろう。
数瞬の間の後で、高い声が響く。

明らかな拒否の言葉は、普通ならば残念に思うところかも知れないが、







「じゃあ待ち合わせ」







――――――“デートをする”事について、彼女は結局、嫌とは言わないのであった。