楽しそうに笑う『女優』の人々の真ん中。 今日の主役が恥ずかしそうに照れ臭そうに、楽しそうに笑っている。 一日の就学を終えた後、京子は少しの間一人でぶらりと歌舞伎町を歩き回った後、『女優』へ赴いた。 『女優』には昨日も泊まっていて、その際、アンジーから今日が誕生日である事を知らされた。 ああそうだったかと頭を掻いて他人事のように考えていたら、だから今日は帰って来てねと念押しされた。 誕生祝をされるのは、此処に世話になるようになった頃からの事だ。 小さな頃はケーキやプレゼントが嬉しくて素直に甘えていたが、中学にあがると流石に恥ずかしくなった。 けれども、好意で催してくれる祝いを断る気にもなれず、嬉しいか嬉しくないかと問われれば嬉しいことに変わりはない訳で、もう毎年恒例になりつつある。 その恒例行事を主役当人は毎回忘れていたりするのだが。 だから今年も照れ臭さはあったが、アンジーの言った通り、午後七時頃には『女優』に戻った。 時間が帰る頃合だと予想していたのだろう、扉を開けて中に入った瞬間にクラッカーが鳴った。 このオープニングは毎年のもので、やっぱり照れ臭いけれど、素直に受け止めることが出来た。 それから、いつもより豪勢に並べられた夕飯に舌鼓。 大好物のラーメンは勿論、ビッグママの凝った手料理がズラリと並ぶのだ。 好きなものが一同に、それも自分の為に用意されるのだから、これまた嬉しくない訳がない。 それらを殆ど食べ終えて、残ったものは明日用にとラップをして冷蔵庫に入れて。 未成年である事は気にせずに、ビッグママの摘みに手を伸ばしながら、酒を飲みつつ何気ない会話をして。 ―――――龍麻が『女優』に来たのは、この時だった。 アルコールが少し回り始めて、そろそろお開きになるかと思った頃。 こんばんはと挨拶と共にドアを開けた人物を見て、京子はぱちりと一つ瞬きをした。 「龍麻じゃねェか。なんだ?」 龍麻が一人で此処に来るのは珍しい。 だが、京子は週の半分は此処で過ごす事が多いから、京子を探そうと思ったら先ず此処に来るのは当然だろう。 飲んでいたビールをテーブルに置いて、京子は腰掛けていたソファから立った。 そうして振り返って龍麻と向き合う形になってから、眉根を寄せる。 龍麻は、自分の身長の半分はあろうかと言う大きな袋を抱えていたのだ。 「なんでェ、そりゃ」 「プレゼント」 「はァ?」 返って来た答えに京子は益々顔を顰めたが、龍麻はにこにこと笑っている。 常よりずっと上機嫌であることが京子にも見て取れた。 横からアンジーが割って入ってきて、龍麻を見下ろし、 「アラ、さすが苺ちゃん。良いものは見付かった?」 「はい」 にこにこ。 にこにこ。 龍麻もアンジーも、機嫌良く笑っている。 京子はその間に挟まれて、きょとんとした顔で二人の顔を交互に見ていた。 「恋人だものね。誕生日のお祝いはしてもらわなくちゃ。ね、京ちゃん」 「恋……ッ」 京子の顔が赤くなる。 酒の所為だけではない。 そんな京子に、キャメロンとサユリが「ウブねェ」とか「カワイイわァ」とか言っている。 いつもならそれにポーズだけでも怒るのだろうに、京子は赤くなったまま俯いてしまった。 これは回ったアルコールの所為だろう。 京子はあまり酒に強くなく、飲み過ぎると記憶が飛ぶことも多い。 今のことは果たして覚えているだろうかと考えて、龍麻は覚えていて欲しいなぁと胸中で呟いた。 立ちっ放しも難だからと、アンジーに促されて京子はソファに戻り、龍麻もそれに倣った。 大きな袋を抱えた龍麻を京子は不思議そうに見ていたが、ソファに座ると飲みかけていたビールに手を伸ばす。 酔っ払う前に渡しておこう。 思って、龍麻は京子の肩を叩く。 「京、ちょっといい?」 「んぁ?」 口端から零れたビールを手の甲で拭いながら、京子が振り返る。 「プレゼント。誕生日のお祝い」 「……マジでそれなのか」 「うん」 その大きさに奇妙な疑心をくすぐられて、京子は差し出されたそれを中々受け取れない。 が、見詰めていても龍麻はそれを引っ込めないから、数秒すると、そろそろと手を伸ばしてきた。 受け取った大きな袋は、大きさの割に随分と軽い。 重さだけなら片手で持てるほどだった。 益々なんだこりゃあと言う心境になって、京子は受け取った姿勢のまま、しばらく停止していた。 その袋の横からひょっこり顔を出す龍麻は、ずっとにこにこ笑って機嫌が良い。 機嫌に関して言えば、酒のお陰か、此処が馴染んだ場所だからか、京子も十分良い方向だ。 「……開けていいのか?」 「うん」 「…まさか爆発したりとかねェよな」 「あはは」 笑う龍麻に、京子も疑心が少し和らいだ。 何より、龍麻から自分に、誕生祝で渡されたものなのだ。 龍麻の性格を考えれば、意地の悪い悪戯なんてしないだろう。 一気に破いてしまおうかと一瞬思ったが、このプレゼントはキラキラとした光る包装紙でラッピングされていた。 普段ならそんな事は全く気に留めないのだが、酒が齎した気紛れか、京子は上部のリボンを解いて、少々荒い手付きではあったが綺麗に紙を広げていった。 上の口が広がって、中の物が見えたのだろう。 京子の瞳が驚いたように微かに大きくなり、袋の中へと手を入れる。 入っているものを捉まえて、袋を取り払う。 姿を見せたのは、大きなパンダのぬいぐるみ。 両手でそれを持って、京子はぴたりと動きを止めた。 パンダの顔に釘付けになって。 取り出されたプレゼントの正体に、アンジーがあらァ、と嬉しそうな声を上げた。 「さすが苺ちゃんね、京ちゃんの好きなもの知ってたなんて」 「やっぱり好きだったんだ」 「おや。知らなかったのに、よく判ったねェ」 予想的中に笑う龍麻に、ビッグママが意外そうに言った。 「京ちゃんがパンダが好きなんて、本人が言わなきゃ判らないと思ってたんだけどねェ」 確かに、ビッグママが言う通り、京子がパンダが好きだなんて思う人物は少ないだろう。 可愛い物好きと言う訳でもなく、動物にも興味がないようだから。 けれども龍麻は行き着いた。 確信がなかったから、半分予想で賭け染みた所もあったのだけど。 「良かったわね、京ちゃん」 「…………!!」 アンジーにそう言われて、京子ははっと我に返る。 それから手の中にあるぬいぐるみと、それを持ってきた人物とを交互に見て。 その後に取った行動は、誰も予想していなくて―――けれども彼女の性格を考えれば無理もないと思えるものだった。 「――――――っンの、馬鹿野郎ッッッ!!!!」 じっと京子から視線を逸らさなかった龍麻。 そんな彼に降って来たのは、まさかの怒りの声と、顔目掛けて急降下してくる大きな白黒。 ぼふっと音を立てて、龍麻の顔はパンダに埋まった。 ふわふわとした毛並みが気持ちが良い。 いや、それ所じゃない。 突き返された形になったパンダを支えて、其処から埋まった顔を救出する。 ふぅと一息吐いてから恋人を見ると、真っ赤な顔で怒りの表情を露にしていた。 「京?」 「こんなモンッ、オレが喜ぶと思ってんのか! バカ龍麻!!」 その台詞がもう少し前に出て来た言葉なら、謝るなり出来ただろう。 だが先にビッグママとアンジーが正解である事を教えてしまった。 加えて素直ではない性格の京子であるからして。 突きつけられた言葉が嘘である事は明白なのだが、京子の顔は本気で怒っているようだった。 思わず、龍麻の眉尻が下がってしまう。 にこにこと機嫌の良さそうだった表情から一転、龍麻は尻尾の垂れた子犬のようだ。 京子はしばらくそれを睨みつけた後、ソファを立って早足で店奥の扉へと向かう。 京ちゃん、とビッグママに呼ばれたのも無視して、京子は荒っぽくドアを開け閉めして、この場を去ってしまった。 アンジーやビッグママが言ったから、やっぱり好きだったんだと思ったのだけれど。 それは子供の頃の話で、今はそうでもないのだろうか。 突き返されたパンダを見下ろすと、物言わぬはずのぬいぐるみが、なんだか少し寂しそうに見えた。 喜んで貰えると思ったのにな。 パンダのふわふわした毛並みを撫でて、龍麻は溜息を吐く。 ――――――と。 「フフッ」 「京ちゃんたらァ〜」 「もう、可愛いッ」 「素直じゃなさ過ぎるのも考えものだねェ」 消沈した龍麻の耳に飛び込んできたのは、彼女の退室で静まり返った重苦しい沈黙ではなく、『女優』の人々の訳知りの笑い声。 俯けた顔を上げてみれば、龍麻の前でアンジーがクスクスと笑っていた。 きょとんと龍麻が首を傾げていると、「大丈夫だよ」とビッグママが言った。 「ちゃんと喜んでるよ、あの子は」 「でも本気で怒ってた」 「ちょっと違うね。心底恥ずかしかったんだろうさ」 恥ずかし過ぎて、羞恥の沸点を越してしまったと言うのだ。 どういう事かと、龍麻は反対側に首を傾ける。 そんな龍麻の手からパンダが離れて行く。 見ればアンジーがその手に抱えている。 龍麻や京子よりもずっと大きなアンジーが手に持っても、パンダは大きく見えた。 「アタシから渡しておくから。大丈夫、ちゃんと受け取ってくれるわ」 ぱちり、ウィンクをするアンジーに、龍麻はこくりと頷いた。 少しだけ複雑な心境ではあるが、京子の事は此処の人達の方がよく知っている。 特にアンジーには気を赦しているようだから、彼女が大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。 ぬいぐるみを手にアンジーは退室した。 それを見送ってから、ビッグママが龍麻に向き直り、 「あの子、昔からパンダが好きなんだけどね。最近はそれを隠してるのさ」 「どうしてですか?」 「さぁて……大方、“歌舞伎町の用心棒”なんて呼び名の所為じゃないかねェ。そんな呼び名があるのに、パンダが好きなんて、知られたらバカにされると思ったんじゃないのかい?」 確かに、京子とパンダ、このイメージは中々イコールで結ばれないだろう。 龍麻も半信半疑だったし、その片鱗を見付けたと言う醍醐と遠野も確信を持ってはいなかった。 動物園で立ち止まっていたと言う話だって、単純に動き回るのが面倒になったとも言えそうだし。 京子は周りから自分がどう見られているか、滅多に気にすることがない。 だが、どう見られているかは把握していて、それが到底穏やかでないことも判っている。 其処に「パンダが好き」なんてイメージが滑り込んできたら、どうなるか。 今まで、周りが勝手に築いてきたものであるとしても、自身のイメージが崩れることは必至だ。 またそれが自分らしくないイメージだと思っているから、隠していたのだろう。 その上、素直な性格じゃない。 好きなものを「好き」と言えない彼女の事、隠していた好きなものの事を知られたら、常以上に天邪鬼になるのは予想出来た。 くすりと、龍麻の口元に笑みが零れた。 「可愛いと思うけどなぁ」 「本人がそうは思えないんだよ」 煙管の煙を吐き出して言ったビッグママに、だろうなぁと龍麻は思う。 思えるのなら、あんなになってまで怒らない筈だ。 可愛いのに。 可愛いところが一杯あるのに。 本人はそれが自分らしくない事だと思っていて、隠したり怒ったり。 勿体無いけれど、あまり隠されずに公になるのも嫌だなぁと思った。 だってそういう所を知っているのは、自分だけでいたい。 今頃、何をしているのだろう。 ぬいぐるみはちゃんと受け取ってくれただろうか。 彼女が落ち着いたら様子を見に行こう。 それで、パンダが好きかどうか改めて聞いてみよう。 もう隠す必要はない筈だ。 ああ、でも、その前に。 パンダに行き着く過程を説明しておいた方が良いかも知れない。 仲間達に相談して教えてもらったことなんだと。 言ったらやっぱり怒るだろうか。 だって恥ずかしくて隠していた事が、明るみになってしまったようなものだから。 そして。 多分、彼女はずっと知らないままだろう。 そうやって隠している所も全部含めて、龍麻に可愛いと思われると言う事を。 その頃。 京子は、アンジーに宥められながら、プレゼントのぬいぐるみに真っ赤な顔を埋めていたのだった。 独自設定全開ですいまっせーん!!! パンダのいるスノードームとか、キーホルダーとか色々考えたんですが、最後の京ちゃんが書きたくてでっかいぬいぐるみになりました。 |