One step of start. 後編









最初に目に付いたのは、ペンギンを模したらしい、ピンク色を基調にしたぬいぐるみ。
近頃テレビCMを筆頭に、街中でよく見かける流行アイテムだった。

京子自身は流行には興味がなかったが、あまりにもよく見かけるから、そのUFOキャッチャーの前で足が止まった。
これの何処が良いのか、京子にはよく判らない。
確かに見た目はコロコロとして可愛いかも知れないが、だからなんだ、というのが京子の素直な感想だ。



UFOキャッチャーのプラスチックガラスに手をついて、京子は中を覗き込む。
大中小のピンクのペンギン達は、なんとも愛らしい瞳で此方を見つめているように思えた。

別のUFOキャッチャーの方から、女達の黄色い声が聞こえた。
視線を向けてみると、惜しいところで取れなかったらしい少女達が騒いでいる。
欲しい欲しいと騒いで、結局もう一度挑戦していた。


これの怖い所は、特に欲しいものでなくても、取れないとなると悔しくてリトライしてしまう所だ。
クラスの男子の誰だったか、見事にそれにハマって千円分をスったと言っていた。







「阿呆くせェ……」
「何が?」
「うぉッ」






背後からの声に、京子は驚いた。
それから、いや何も驚く必要なんかないんだと思い至る。

振り返ればやはり其処にいるのは八剣だった。


京子がUFOキャッチャーを見ている事に気付いた八剣は、ふぅん、と顎に手を当てる。
片手を八掛の袖に突っ込んだポーズで、ガラスの向こうに積まれているぬいぐるみを見る。







「京ちゃんも可愛いものは好きなのかな」
「別に。こんなのいらねェよ」
「じゃあ、どんなのが好き?」






そんなの聞いてどうするんだと思いつつ、笑顔で見下ろす八剣に根負けした形で、京子は辺りを見回す。








「あの辺だな」








言って京子が指差したのは、丁度男子学生たちが遊んでいるプライズゲーム。
UFOキャッチャーに設置されるものよりも小さい類、キーホルダーやストラップが置かれている。

男子学生達が狙っているのは、日曜日の朝に放送している戦隊ヒーロー物のグッズ。
それ程好きという訳ではないが、可愛らしいぬいぐるみよりは、京子自身にとって抵抗がなかった。


男子学生達は、目当てのものを手に入れたのか、笑いながら其処から離れる。
それを確認してから、八剣がそちらに向かって歩き出した。
京子もそれを追って、二人並んでプライズゲームの中を覗き込む。

種類も数も沢山あって、京子はその全てがどのヒーローなのかは把握できなかった。
常にテレビを見れるような生活ではないから、見れる番組もまちまちなのだ。
連続ドラマなんて、一度見て二度目に見る時には、随分話が続いていて、全くついて行けない。
二週連続で同じ番組を見る事も、他の人々に比べると、格段に少なかった。

それでも、ごく一部においては、すぐに思い出すことが出来た。







「なんだ、新しく出てんのか、コレ」
「うん?」
「コイツだ、コイツ。オレがガキの頃にやってた奴」







京子が指差したのは、もうずっと前に終了しているヒーロー番組の主人公。
まだ京子が小学生だった頃に活躍していたものだった。







「ふーん……結構ゴテゴテしてたんだな」
「俺にはどれも似たように見えるけどね」
「バカ、違ェよ! お前コレ知らねェのか? 面白かったんだぜ」







言いながら、京子の視線はプライズボックスの中に釘付けだった。
更に言うなら、その中に陳列された、10年前のヒーローに。


番組内容は殆ど記憶に埋もれて思い出せなかったが、それでもその時に抱いた感情は蘇る。
アクションポーズがどんな形であったのか、決め台詞がどんなものであったのか。
ヒーローの真似をして、テーブルの上に乗ったりして、母親から怒られたのも思い出した。
それでもめげずに、怒られると判っていながら、また乗って。
夏祭りに出る夜店のお面屋では、可愛いアニメキャラクターじゃなく、ヒーローのお面ばかり欲しがって。

学校では女の子の輪の中ではなく、専ら男子とこの話題で盛り上がった。
キーホルダーを買って貰った男友達が羨ましくて、自分も欲しくて親に強請ったりもした。



ずっと思い出すことのなかった記憶が、溢れてきたような気がした。
それも、幼い、楽しい記憶ばかり。


堰を切ったように喋り始めた京子の話を、八剣はじっと聞いていた。







「そんでよ、こっちが決めポーズで、こっちが必殺技で」
「これは?」
「そいつは怪人。敵だよ、敵」
「京ちゃんは、やっぱり悪役よりヒーローが好きかな?」
「んー……まぁ、そうかもな。あ、でもコイツは面白ェんだぜ」






コイツが悪役なのにイイ奴で――――と、ヒーローの横に並べられているキャラクターを指差す。







「他の奴等も、コイツは男の中の男だ! って、好きだって言ってさ。そこそこ人気あったんだよ」
「へぇ」
「なのによ、コイツのキーホルダーって売り出さなかったんだぜ。勿体ねェよなァ」
「だから今になって改めて出したのかな」
「そうかもな。でも、やっぱりあの頃に欲しかったな」






親が何処其処の社長の知り合いだとか言う、金持ちのクラスメイトがいたのを思い出す。
特別に頼んで作って貰った、と見せて貰った時は、心底羨ましかったものだ。
その男子のそのキーホルダーは、体育の時だったか、誰かに盗まれたとかで結局失くなった。
教室の真ん中で泣きじゃくる男子を宥めて、一緒に探し回ったのを覚えている。

誰もが欲しいと思うほどに、人気があったと言う訳だ。



ガラス越しに怪人をしげしげと眺める京子。
その表情は、数分前と違って楽しそうな色をしていた。








「楽しそうだね、京ちゃん」
「そりゃそう―――――」







肯定しかけて、京子ははたと思い出す。
此処にいるのは見知った友人達ではなく、八剣であると言う事を。

咄嗟に明後日の方向を向いた京子だったが、顔が熱い。
首から昇ってきた血が頭で沸騰したような感じがする。


真っ赤になってそっぽを向いた京子に、八剣はクスクスと笑みを隠せない。







「欲しかったの? このキーホルダー」
「ガキの頃の話だッ」







確かに欲しかった。
欲しかったけど、それはもう10年も前の話だ。

何故それをコイツ相手にしてんだオレは―――――と、京子の表情は憮然としたものに変化する。




昔話なんて、龍麻や醍醐にだって話した事はない。
『女優』の人々は昔から世話になっているけれど、家でどうしていたかなんて、彼女達も聞かないし、京子も言わない。
だから自然と、京子の過去の記憶は、京子にとっても何処か遠い場所にあった。

それを何故、突然降って湧いたこの男に対して話しているのか。



どうにもこの男が相手だと調子が狂う。
此方の意見ばかり伺っているかと思えば、勝手に決めて、強引に押し通すかと思えば急に引く。
何かと女扱いして見せる癖に、京子がそれに反するような振る舞いをしても、怒りもしない。

何も女扱いされるのが始めてな訳ではないし、やたらと京子を“女”にしたがる輩は幾らでもいた、けれど。
ああしろこうしろと言わない、八剣のように、無理強いする事のない人間は初めてだった。


何を考えているのか判らない。
何がしたいのか、何をさせたいのか。

いや、なんだっていいのだ、この男が何を考えていたって。
どうせ自分には関係ないし、如何だって良い事だ。





でも確かに、八剣の眼差しは自分へと向けられている。












「京ちゃん」











呼んだ声は、殆ど聞こえてはいなかった。
しかし、視界の隅に何かがチラついて、京子は振り返る。







「案外、取れるもんだね」
「………あ…?」






差し出されていたのは、京子が幼い頃に欲しいと思った、キャラクターのキーホルダー。

半ば呆然として手を出すと、八剣は其処にキーホルダーを置いた。
手の中にすっぽりと収まるサイズのそれは、真新しく光沢を輝かせている。







「ビギナーズラック、と言う奴かな」
「え、あ…え……?」
「俺としては、もっと可愛い物の方が良かったけど。京ちゃんはそういうのは好きじゃあないし」







手の中のキーホルダーと、八剣の顔とを交互に見比べる。
状況が掴めていない京子に構わず、八剣は微笑む。











「あげるよ、記念に」











まるでイタズラが成功したような笑顔で言うから、無性に京子は恥ずかしくなった。
自分が物欲しげにコレを見ていたように見えたのか、と思ったからだ。








「いらないなら、別にいいんだけど」







八剣が言って、京子は反射的にそれを後ろ手に隠した。
好きだったのは事実だし、欲しかったのも事実だ―――――ずっと幼い日の事だったけれど。
気持ちがその頃に戻っていたから出てしまった行動だった。


隠してから、しまった、と京子は思った。
これでは突き返す事も出来ないし、捨ててしまうのも勿体無い。

ちらりと八剣を見上げると、クスクスと面白そうに笑っている。
また耳が熱くなった。







「て、テメェが、やるっつーから! 仕方ねェからッ!」
「判ってるよ、京ちゃん」
「〜〜〜〜〜京ちゃん言うなッ!!」







既に今日一日で繰り返し呼ばれた、嫌いな呼ばれ方。
今更ではあったが、他に明確に言える抵抗が思いつかずに、結局それが口を突いて出た。


次は何がいい? なんて聞いてくる八剣に、京子は返事をしなかった。

手の中の小さなキーホルダーを戯れに弄る。
子供の頃に欲しくて仕方がなかった物が、今になって此処にあるのが不思議な気分だった。




……つーか、貰ったって、どうすりゃいいんだよ?



遠野のようにデジカメのような小物を持っている訳でもないし、小蒔のように携帯電話も持っていない。
いつも持っているのは木刀と紫色の太刀袋、それから学校鞄ぐらいのものだ。

必要ないと突き返しても、きっと八剣は何も言わずに受け取るだろう。
だが、その行為が彼を傷つけてしまう事は想像出来る――――きっと顔には出さないだろうけど。


でも一応、何かに使った方が良いんだろう。







「ちょっと座るぞ」
「疲れたかな?」
「別に。そうじゃねェけどよ」







プリクラ台の傍に設置されていた丸椅子に座る。
木刀を壁に立てかけて、京子は鞄を膝の上に置いた。

キーホルダーのリングを開けて、鞄の持ち手の付け根にある金属止めに潜らせる。



じんじんと足の裏に鈍い痛みが広がってきて、京子は顔を顰めた。

普通は立ってでも出来る行為だが、京子は木刀を持っている。
それを持ったまま、立ったままでこの作業をするのは、少々面倒臭かった。
座ったのはそれだけの理由だったのだが、やはり一度座ると、足が疲れていた事を改めて実感する。


八剣は、椅子一つ分の距離を開けて隣に座っている。
また妙な所で身を引く男だ。
直ぐ隣には、中々並ぼうとはしない。

変な奴、と思いながら、京子はキーリングを元に戻した。
落ちないように固定されたキーホルダーは、鞄からプランとぶら下がっている。








「使ってくれるんだね」
「だから、そんなのじゃねェよ。勿体ねェから」
「別にいいよ、それでも」
「…………嬉しくなんかねェし、礼なんざ絶対言わねェからな」
「十分だよ。京ちゃんが受け取ってくれただけでね」







暖簾に腕押しだ。
何を言っても、八剣は怒らない。


龍麻とは違う。
龍麻の場合は、一つ二つでも意趣返しのような台詞がある。
親しい者同士での気安さで。

八剣はそれさえしない、ただずっと受け流している。
だから京子はそれ以上の反発も出来ず、怒りが沸点に達する事もない。




隣の存在を視界にいれないように、京子は店内に設置されているだろう時計を探す。
店員のいるオープンカウンターの向こうに、シンプルな時計があった。

時刻は、午後6時。


立ち上がって、爪先で数回、床を蹴った。
それでじんじんとした痛みが消える訳ではないが、誤魔化す事は出来た。







「オレ、もう行くからな」
「時間かな?」
「だから行くつってんだよ」
「時間があれば、もっと一緒にいてくれたのかな」
「自惚れんな、このナンパ野郎」







靴の爪先を直して、立てかけていた木刀を手に取る。
それを見ていた八剣が、最初の時のように、京子の手を取った。







「お、い!」
「あと一つ。それだけ、付き合って貰えるかな」
「許可取る位だったら、引っ張んな!」
「そうだね」






京子の反論にまた笑いながら、八剣は京子の手を離さない。
立ち上がると、座っていた椅子の直ぐ傍に置かれていたプリクラ機に入る。

ようこそ、という明るい機械の音が響いて、京子は肩を跳ねさせる。
ピンクや黄色のパステルカラーで散りばめられた機内は、京子にとって無縁で不慣れなものだった。
不慣れな物にはやはり苦手意識が先立って、京子は機械の出入り口で踏ん張る。







「こんなもん、撮るんだったらお前一人でやれよ!」
「それじゃ思い出にならないでしょう」
「いらねーよ! 放せ、バカ!」






プリクラなんか、一度だって経験がない。
何年か前に大流行した時だって、京子はまるで興味が湧かなかった。
今だってそれは変わらない。

遠野や小蒔、葵の三人はよく揃って撮っているが、京子は専ら荷物係だ。
それは京子が自分で申し出た事で、楽しそうに撮ったり落書きしたりという光景を見ているのが京子のポジションだった。
故に、このプリクラ機の中に入るという事すら、京子にとっては初めての事だったと言って良い。


嫌がる京子に構わず、八剣はコインを入れると、改めて京子を引き寄せた。







「折角だから、記念にね」
「記念だったらオレはコイツで十分だ」
「こっちは、俺の記念だよ」






京ちゃんと初デート記念。
言ってプリクラの操作をする八剣に、デートじゃねえっての、と京子は胸中で呟いた。


けれども、思い返してみれば、ひょっとしたらこれはデートと呼べるのではないかと思い至る。

何をすればデートと言えるのか基準は知らないが、他人から見たら、そう思われるのではないか。
呉服屋のウィンドウで着物を眺めて、道中を二人で歩いて、ゲームセンターのUFOキャッチャーをして。
それは全て京子の本意ではなかったけれど、言われて見れば、否定も出来なかった。




男と二人で歩くなんて事は、京子にとっては珍しい事でもなんでもない。
龍麻とはよく二人で授業をサボって屋上で昼寝しているし、醍醐とも雑談する事だってある。
吾妻橋達とはよくつるんでいるし。


けれども、彼等と八剣とでは、京子に対する態度が明らかに違っていた。








「これでいいかな?」
「……知らねーよ、もう」








問い掛ける八剣に、京子は億劫そうに呟く。







「つーかよォ、オレやった事ねェんだけど」
「俺もそうだね」
「……ホントかよ。ナンパ野郎の癖に」
「京ちゃんに対してだけだよ」







どうだか、と呟いて、京子は少し高い位置に設置してあるカメラを見上げる。
これで本当に撮れるのか、と視線だけで操作画面を見ると、自分達の顔が其処に映り込んでいた。


機械のボイスがカウントダウンを始める。







「此処見てりゃいいのか?」
「いいんじゃない?」
「…テメェがやるっつった癖に、適当な…」






ブツブツ呟きながら、京子はもう一度カメラを見上げた。









『ポーズを決めて!』

「京ちゃん」


『5…』

「あ?」


『4…』








カウントダウンの声と同時に聞こえた八剣の声に、京子はカメラを見上げたまま、短い返事をする。

3、と次のカウントが告げられ、それと同じく、腰を抱かれた。
急なことに反応が出来ずにいると、僅かに上へと持ち上げられる。
踵が浮いて、京子は目を剥いた。



おい、と文句を言いかけて、それは出来なかった。















頬に触れた、温もりによって。














秒数で言えば、ほんの一秒二秒の事だ。
しかし、京子の時間は明らかにピッタリと停止していた。

パシャリとシャッターを切る電子の音がして、浮いていた踵が地面に下ろされる。
腰には八剣の手が添えられたままで、それは正直に言って助かったと言っていい。
その手が離れていたら、停止したままの姿勢で倒れていたかも知れない。



外で待っててね、と支持する声。
その手に従うように八剣が京子の手を掴んだ時、ようやく京子の意識は現実に戻った。








「なっ何しやがんだ、テメェッッ!!!」







後ずさって、背中を壁にぶつけたが、そんな事には構っていられない。
右手は無意識の内に木刀を探して彷徨い、立てかけていたそれにようやく手が届く。

八剣はクスクスと笑って、プリクラ機から出て行った。







「まッ、待ちやがれ、コラ! テメェ、ふざけんな!」
「別にふざけてないよ」
「嫌がらせかッ!」
「まさか。京ちゃんが嫌がる事はしないよ」






今日一日、散々振り回しておいて今更何を言うのか。
京子は真っ赤になって怒鳴りたかったが、入れ違いに入ってきた女子高生にタイミングを外されてしまった。
押し退けられた弾みに言葉を飲み込んで、京子は八剣の横に立つことになる。

カタリと音がして、取り出し口に写真が出てきた。






「…どーすんだよ、そんなモン」
「さぁ。どうしようか」






シールを口元に当てて笑う八剣に、京子は眉根を寄せた。
其処に映り込んでいるものを思い出すと、また耳が熱くなってくる。



八剣はカウンター近くに設置されているテーブルに近付くと、用意されていたハサミで切り分けた。







「はい」
「…いらねェ」
「記念だよ」
「………」






差し出されたシール。
京子が八剣を見上げると、相変わらず、薄い笑みを浮かべた表情のままだ。


貰っても、どうしていいのか判らない。
クラスの女子が小さな手帳に貼ったり、交換したりしているのは見た事がある。
けれども京子はそんな手帳なんて持っていないし、交換するには写真の中身が公開できるものではない(少なくとも、京子にとっては)。

こういう扱いが困る小物の行く末は、失くすか、ゴミ箱行きになるか。
京子の性格を考えても、決して長く手元に残ってはいないだろう。



どうしたものかと迷っている内に、八剣は京子の手を引き寄せ、掌にシールを落とす。







「…いらねェって言ってる…」
「今だけでいいよ。後で捨ててくれて構わない」






八剣の言葉に、京子は本当に捨てるぞ、と言った。
いいよ、とまた同じ台詞が返って来る。

京子は眉根を寄せながら、今だけだと呟いて、スカートのポケットに突っ込んだ。
それを見た八剣は満足そうに笑い、京子の頬に手を添える。






「髪は相変わらず傷んでるようだけど、肌は綺麗だね」
「触んなッ!」
「誰かに教えてもらってるのかな?」
「なんでテメェにンな事言わなきゃならねーんだよ!」






八剣の手を振り払って、京子は距離を取る。
取ってみてから初めて、自分でも考えていた以上に近い距離にいた事に気付いた。

いつからそんなにも気を赦していたのか、自分でも判らない。
プリクラを撮る前は、八剣の方から距離を測るように離れていたと言うのに。


調子が狂う。
狂いっぱなしで振り回されている。

重なったその事実を認識させられて、京子は顔を真っ赤にした。
龍麻とだってこんなにも調子を崩すことはないのに、どうしてこの男に対しては、こんな事になってしまうのか。




さて、と八剣が店内に設置されている時計を見上げる。
京子もそれにつられたように、同じ方向へと目をやった。







「そろそろ行くんだったね」
「……あァ。もう付き合わねーからな」
「ああ。ごめんね、色々と」
「……別に……」






謝られると、なんと答えていいか判らない。

戸惑いと困惑とでどんな顔をしていいのか判らなくて、京子はそれに気付かれる前に背を向けた。
その背中に変わらぬ距離で声がかけられる。






「送って行くよ」
「いらねーよ」
「もう暗いから、女の子一人じゃ危ないしね」
「危なくねェよ。平気だっつーの」






一人で夜の新宿歌舞伎町を歩き回ることだって珍しくない京子である。
葵や小蒔達は勿論、醍醐もあまり良い顔をしないが、京子にとっては馴染み切った空間だ。
其処を堂々と歩ける京子が、決して時間通りに闇には染まらない都心の街中を恐れる訳もなかった。
仮に何事かあったとしても、切り抜ける自信が彼女にはあった。

しかし、平気だと何度言っても、八剣は引き下がらなかった。
また妙な所で意見を聞かない八剣に、京子は今日一番の渋面を浮かべる。








「其処の信号まで、ね」







自分を見て微笑む八剣に、京子は自分の方が諦めることにした。


















ゲームセンターの自動ドアが開くと、冷たい風が突き刺さる。


…………顔が熱いのは、外気との温度差の所為でそう感じているだけなんだと、言い聞かせた。






















女体化の八京は、八剣が紳士ですね。レディファースト。
でも露骨にレディファーストすると京子が嫌がるので、時々強引さを出して「しつこいから仕方なくついて行く」という雰囲気で京子の警戒意識を緩和。アレ、確信犯?? でも京子が本気で嫌がるなら、引き下がるよ、きっと。
此処からちょっとずつ八剣を意識していく京子です。