見付けたのは、ただ一つの香り 他にない、世界にたった一つだけの Sexual stimulant -musk- 前編 一日の就学時間を終えて、向かった先は拳武館の寮。 理由は特にない、なんとなく足が向いたと言うのが京子の言い分であった。 躊躇わずに門を潜り、玄関の扉を開ける。 ――――――と、其処で壬生紅葉と会った。 「よう」 「……ああ」 端的過ぎる挨拶は、壬生との間では常のこと。 必要以上に喋りたがらない彼を相手に、京子も会話を弾ませたいとは思わない。 こうして偶然に顔を合わせても、二人の間で挨拶以上の言葉が交わされる事は滅多になかった。 今日もそれと同じで、京子は壬生の横を通り過ぎると、目的の場所に向かう。 壬生も同じく、開かれた玄関から外に出ようとしていた。 が、くるりと壬生が振り返り、 「蓬莱寺さん」 「あ?」 珍しい奴に呼び止められた、と京子は振り返る。 「八剣なら、今いないよ」 「……別にアイツに用がある訳じゃねーよ」 「…そうか」 特に納得した様子も、いぶかしむ様子もなく、壬生は扉の向こうへ出て行った。 ガチャリと音を立てて閉じた扉を、京子は特に意味なく見つめる。 数秒そのまま静止した後、京子は正面に向き直ってガリガリと頭を掻いた。 確かに。 確かに、此処に来るのは八剣と恋仲―――それ以前も時折ありはしたけれど―――になってからで。 けれども、此処に来る度に八剣に逢いに来ている訳ではない。 雨紋と喧嘩をしたと言う羅刹の愚痴を聞きに来た事もあるし。 暗殺集団と呼び名されるだけあって、武術に秀でた者も多く、仕合した事も何度かある。 その際、八剣と手合わせした事もあったが、その時は八剣と会う予定はなかった。 だから此処に来るのは、あくまで足が向いたからの話で、それ以上はない。 ……と言うのが、繰り返すが、京子の言い分であった。 とは言ったが、足が向く先はいつも八剣の部屋である事は変わりなく、先の自分の言葉を自分で撤回している事は自覚している京子である。 辿り着いた、主不在の部屋。 当然、扉は施錠されている。 スカートのポケットを探れば、出て来るのは部屋の鍵。 こうしてこのドアを開ける動作も、随分慣れてしまった気がする。 (……今更だな) 鍵を外す動作に慣れる前に、此処の空間に馴染みすぎて、この場所への緊張感が麻痺したようだ。 敷居を跨いでテリトリーに入ると、シンと静まり返った空間が其処には広がっている。 普段から物が少ない部屋の中、その主がいないとなると、余計に静かに思えた。 この静かな部屋にも、最近慣れてきた。 主不在の部屋を訪れて、漫画を読んだり、昼寝をしたり、(極稀に)学校の課題を片付けたり。 テレビを見ている事もあるし、とにかく一人気侭に過ごしている。 今日は鞄と木刀を手放すと、ベッドに寝転んだ。 寝る気はなかったが、特に何をする気も起こらない。 「あー……暇だ」 呟いてみる。 特に何も変わらない、当たり前だ。 鞄の中には今日出された課題の教材が入っているが、手をつける気にならない。 明日の授業が始まるまでにやる気が出るのかさえ、はっきり言って怪しい。 いつもの事なので、危機感もない。 今日のテレビは特番ばかりで、いつものバラエティが潰れているらしい、これは小蒔情報だ。 ドラマは視聴率の良い番組があるらしいが、遠野から大まかな粗筋を聞いた結果、まるで興味のない類である事が判明。 漫画もない。 此処に来るまでにコンビニにも立ち寄ったが、新刊で気になるものは見付からなかったし、ついでに財布の中身も寒い。 この部屋にあるのは小難しい(少なくとも、京子にとっては)文学本ばかりで、読む気にならない。 ――――――そんな訳で、京子は暇を持て余していた。 ラーメン食いに行くか。 駄目だ、金がねェ。 『女優』は。 そろそろ営業だな。 吾妻橋。 探すの面倒臭ェ。 龍麻ン家。 ………後が煩い。 ベッドのシーツに顔を埋めて、京子はつらつらと考える。 その浮かんだ考えを、自分の中で全て駄目だと否定した結果。 「……何やってんでェ、あの野郎」 最後に浮かんでくるのは、この部屋の主。 何の用事だか知らないが、此処を蛻の殻にした八剣右近の顔。 そう、彼さえ帰って来れば、少なくとも現状打破は出来るのだ。 夕飯の催促でも、課題を片付ける為に手伝わせるでも、取り敢えず何かが変わる筈。 暗殺集団としての拳武館は、現在、活動を停止している。 故に彼が今此処にいないのは、仕事云々の類ではないだろう。 ……暗殺集団以外の顔を持っているなら、話は別だが――――。 私用であれば、コンビニか本屋か、まぁ近所である筈だ。 余程の事でない限り、直に返って来るとは思う。 思うが、それまでが非常に暇だった。 「あー………」 意味のない声しか出て来ない。 気紛れにシーツを引き寄せて、京子はベッドの上で丸くなった。 携帯電話があれば、何処にいるだの、さっさと帰って来いだの、言えるのだろう。 しかし生憎京子はそんな文明の利器を持っていない。 ついでに、仮に持っていたとしても、自分からそんな連絡をしたら、あの男が何を言い出すか判ったものじゃない。 ……結局、携帯電話があろうがなかろうが、京子が八剣に対して、何某か連絡を取る事はなさそうだった。 だから京子が出来るのは、持て余す暇も時間も塗り潰すように、このまま寝てしまうこと位だ。 「……ん……」 顔を埋めた布から、ふと鼻腔を擽るものがあった。 なんだったか―――――少しの間考えてから、思い出す。 「……ま、そりゃそうか……」 脳裏を過ぎったのは、この現在不在のこの部屋の主。 あの男は此処で寝起きをしているのだから、このシーツにその気配が残っているのは当たり前の事だ。 シーツに限らず、この部屋は彼の気配で溢れている。 京子も何度か、このベッドで寝ている。 自分から此処に横になった事もあれば、気付いた時には寝かされていた場合もある。 床の上で寝入った時も、目覚めた時にはベッドの上にいたりするのだ。 そして時には情事に縺れ込み、そのまま意識を飛ばして――――― (……何を考えてんだ、オレは) 耳が赤くなったのを感じながら、京子はシーツに突っ伏したまま頭を掻いた。 頬に当たる少し冷たいはずの布地が、今はひんやりと気持ち良い。 しかし、頭の中で巡るのは、普段は考えない事ばかりで。 ―――――前にしたのはいつだったか。 その時何処でしたのか。 彼は何処から触れて、どう触れるのか。 その時、どんな声で、どんな顔をしていたのか――――― ……やけにはっきりと思い出してしまうのは、何故だろう。 (……やべ、) ついさっきまで何ともなかった筈の身体が、熱を帯び始めていた。 シーツから頭を離して、起き上がる。 二、三度頭を振ってみた。 頭の中の回想を振り払おうとして。 しかし、振り払おうとすればする程、返ってヴィジョンは明瞭となって来る。 (……嘘だろ) こんな事は初めてだ。 触れてくる者がいないのに、記憶だけでこんな風になるなんて、思ってもみなかった。 それ程までに、彼が自分に触れてくる意味を、京子の躯は本人の意識なく覚え込んでいた。 記憶と熱が連結して、どうしても切り離せそうにない。 意識する程、京子の熱は高まり、知らず知らずの内に吐息にも熱が篭っていた。 部屋の扉に目をやった。 入って来た時に開けた鍵は、またちゃんと閉めた。 前に開けっ放しで寝ていたら、何かあったらどうするの、なんて自分には似合わない心配をされた。 何かあっても何も起きないと思うが、また言われるのが面倒で、以来、ちゃんとかけるようにしている。 その鍵は今の所、まだ開けられる様子はない。 動くことのないドアノブだけが其処にはある。 いつ帰るかなんて知らないし、壬生にも聞かなかった。 そもそも、彼が何処でどうして、いつ此処に戻ってくるかなんて、京子には興味がない事だった。 自分も気侭にしているのだから、彼も気侭にすれば良いと思う。 ――――――いつもは、そう思う。 のだけど。 (………何処行ってんだよ、) 何処だって良い。 心中呟いてからそう思う。 そう、何処だって良い。 ただ早く帰って来いと、この時初めて思った。 その間にも、熱は益々高まって。 「………ん……ッ」 疼く下肢に手を伸ばし、下着の上から触れてみれば、其処は湿り気を帯びていた。 また、嘘だろ、と胸中で呟きが漏れる。 肉芽を探って擦ると、意思と関係なく足がビクリと跳ねた。 指先でその先端を弄っていると、ぷくりと膨れ上がる。 膨れ上がった肉芽を指の腹で押さえながら、普段ならば絶対に触れない場所に指を這わした。 「…っふ、…あ……ッ」 喉奥から漏れる、自分のものとは思えないような声。 「あ、ん……んん…ッ」 薄布の上から、秘められた其処を押して刺激する。 じわりと下着が濡れて行くのが自分でも判った。 刺激する指は止まらず、秘孔は更なる熱を求めて疼き始める。 「んくッ…う……ふぅんッ…」 この部屋の隣が誰であったかなど、京子は知らない。 しかし万一人がいて、挙句声など聞かれてしまったら、恥ずかしいどころの話じゃない。 既に何度もこの部屋で躯を重ねて、今更気にするだけ意味がないかも知れないが、二人の時と一人でしている時とでは心持が全く違ってくる。 「っあ……っは、んんッ」 ……自慰なんて、一体どれ位ぶりだろう。 八剣と付き合うようになってから、そう言った行為をした記憶がない。 指の動きは、八剣の手付きをそのまま投影しているかのようだった。 其処にあるのは自分の手だと、判っている筈なのに、奇妙な倒錯感が沸いてくる。 此処に部屋の主はいない、だから自分に触れてくる男はいない。 熱を煽る声もなければ、その熱を治める筈の手も此処には存在しない。 …その筈なのに。 「んぁッ…や……やつ、るぎ…ぃ……」 するりと下着の下に滑り込む手。 尖った肉芽を人差し指と親指で挟んで擦る。 柔らかな手付きで。 「…ひ、ぁッ…! んくッ……」 片手で下肢を攻めながら、もう片方の手は口元へ。 咥内に指が侵入して、舌の上を転がる。 ぴちゃぴちゃと音がして、舌が進んで指を追い駆けた。 「あは…や……むぁ…ん…」 八剣のキスの仕方を覚えている。 最初は額や頬に落ちて、其処からゆっくりと唇に近付いていく。 唇へのキスは、最初は何処か優しいもので、ふわふわとした気持ちになる。 それが徐々に深くなり、深い口付けとなった頃には京子の意識は熱に浚われている。 呼吸を奪うキスは京子の理性もとろとろに溶かして、京子の“女”を引き出させた。 咥内を蠢く指は、どうしたって彼の代わりにはならない。 けれど、此処に彼はいない。 濡れそぼった指を口から離せば、銀糸が尾を引いて光る。 八剣と深い口付けをした時も、そんな風に糸が引いて、ぷつりと切れれば彼の唇が艶かしく濡れて。 唾液でてらてらと光る指を、制服の下に潜らせる。 手探りでブラジャーを外して、外へと引っ張り出すと、京子は服をたくし上げた。 裾を噛んで、露になった乳房を自らの手で揉みしだく。 「んぅッ、ん、ふぅうッ…くぅん……」 甘く切ない声が喉の奥から零れる。 布地を噛んだ歯の隙間から、ふぅふぅと熱の篭った吐息が漏れていた。 下肢を苛める指は、徐々に京子の意思命令もないまま、更に刺激を与えようと動く。 淫芽を摘んで擦り、爪を引っ掛け、押し潰すように指の腹で抑える。 その刺激に、ビクビクと京子の腰が跳ね上がった。 乳房は形が変わる程に強く揉んだり、その刺激を宥めるように撫でるように触れたり。 唾液で濡れた指が乳首を摘んで捏ねて、離してみれば、指と頂が銀糸で繋がった。 「んふ…ふぅんッ……」 シーツの波の中、背中を丸めて、京子は蹲った。 下肢を攻める指が淫芽から秘孔へと滑る。 指で形をなぞれば、とろりとした蜜が溢れて来るのが感じられた。 蜜の零れる瞬間の小さな快楽が、今の京子には酷く甘い毒に似て。 「んくッ……!」 指が秘孔に埋まり、内壁を擦る。 その指が彼のものであったら、どんなにイイか―――――思うだけで、もどかしくなる。 無意識に太腿を擦り合わせる京子の姿は、酷く淫靡な香りを漂わせた。 だけれど、京子はそんな事など構っていられない。 顔を埋めたシーツから香る彼の気配の方が、京子にとっては余程淫靡なものだった。 くちゅり、くちゅりと淫らな音を立てる秘孔。 濡れた指、それに刺激されて尖った膨らみの頂。 あの男ならどう触れて、どう高めるのか。 記憶と現実とが交錯して、なんだか変な気分だ。 羞恥と欲望とが入り混じって、どちらが勝っているのか判然としない。 高まる熱の解放を求めている辺り――――欲望の方が僅かに上なのだろうか。 「んひゅ…ぁめぇ……も…もぉッ……んふッ…」 噛んだ布地の隙間から、甘えるような声が漏れた。 殆ど無意識だ。 それでも、秘孔を攻める指はきゅうきゅうと締め付けられ、その締める快感が京子の躯を切なくさせる。 (足りな――――、) 限界は近い。 近いけれど、足りない。 このまま絶頂を迎えることは、恐らく可能だ。 けれども、それでこの熱から解放されるとも思えない。 この熱から解放される為の道は、たった一つしか存在しない。 「んぁッ、ひぅッ…ひ、く、ひくぅッ……ふぅうんんんんッッ!!」 ビクン、ビクンと京子の躯が跳ね上がる。 シーツにどろりと濃い蜜液が散った。 それでも、未だ熱は冷め遣らず。 さっさと帰ってきやがれ、と呟いた。 次 |