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午後からはオフだよ、と聞かされた京子は、驚いた顔をしていた。

通常通りに仕事をこなしていれば、少なくとも向こう一ヶ月は彼女のオフは見込めなかった。
基本的にスケジュールを八剣に一任している彼女であるが、それでもある程度は頭の中にメモされている。
それだけに、八剣の言葉には「まさか」
と言う気持ちがあったのだろう。



二週間前の撮影の最中、八剣は今月中に彼女のオフを取る事を決めた。
その時は好きにすれば良いと言った京子であったが、無理だろうと思っていたのは間違いない。

だが、八剣は無茶を承知で社長に彼女の疲労具合を話し、その原因として今の形での売り出しにGOサインを出した社長にも責任の一端はあるとした。
このまま倒れてしまったりすれば、仕事どころではないし、京子のモデル生命にも関わりかねない。
半ば脅しのように詰め寄った八剣に、社長は一日だけなら、と京子のオフを取る事を許可した。
勿論、断る仕事は十分に選ばなければならなかったが。


京子はそんな事など露知らず、撮影スタジオと外撮影のロケ、そして打ち合わせの為に、事務所と一人暮らしの家を往復する毎日。
スケジュール管理を八剣に一任している彼女は、マネージャーがスケジュールの微調整を行っている事にはまるで気付いていなかったようだ。




京子は、八剣の送迎で家と仕事場を往復する。

極稀にタクシーも使うが、公共交通機関を利用する事は少ない。
老若男女問わずファンを持つ京子は、東京都と言う人口密度の高い場所では、パニックの原因になってしまう事がある。
そうなった場合、京子自身の危険を避ける為に、どうしても個人での移動を余儀なくされるのだ。

その為、まだ自動車免許を取れる年齢ではない為に、京子の移動に八剣の存在は不可欠だった。


今日もいつものように八剣の車の助手席に乗った京子に、八剣は開口一番、言った。
午前中の撮影を終えてしまえば、午後からはもうオフになると。






「お前、マジでオフにしやがったのか?」
「ああ。何か都合が悪かったかな?」
「ンな事ァねえけどよ。じーさんが煩かったんじゃねェのか?」






じーさん、とは京子が所属するモデル事務所の社長だ。
勿論、八剣も此処に属している事になる。

社長の年齢は五十代後半と言った所なのだが、暦年の表れか、髪は殆どが白髪になり、蓄えた髭も殆ど色を失っている。
まだまだ十代真っ只中の京子と並ぶと、孫と祖父と言う風にも見えた為、京子は彼を「じーさん」と呼ぶ。
勿論、本人の前では流石に自重しているが。






「お前、なんか脅したんじゃねェの」
「酷いね」






胡乱な目で言う京子に、人聞きが悪いと笑う八剣だが、事実似たようなものだ。






「とにかく、午後からはオフになるから、好きに過ごしたら良い」
「ンな事言ったってなァ………」






助手席の窓に頬杖を突いて、京子は溜息を吐く。

好きに過ごせば良いと言われても、京子が自由に出来る事は少ない。
売れっ子モデルであるが故に、何処に行っても人目に付くし、かと言って家の虫になるのも詰まらない。


京子のその反応は、八剣も想像の範疇であったので、くすりと笑って一つ提案する。






「それなら、俺とドライブに行こうか」
「お前とだァ〜?」






露骨に顔を顰める京子に、八剣は眉尻を下げる。
其処まで嫌がる事かな、と。

が、他に楽しめそうな事もないからだろう。
京子は後頭部で手を組んで、シートに凭れて、





「ま、いーか。つっても、何処行くんだよ?」
「ドライブだから、何処と言う予定もないけど。行きたい所があれば其処にするよ」
「あー……そうだな……」






流行の情報など何もない京子であるが、時折、耳に残る情報もある。
大抵が食べ物の類で、それも所謂B級グルメと言われるものだ。
特にラーメンに関しては目がないようで、グルメ雑誌のラーメン特集があるとこっそり八剣に購入を頼んでくる事もあった。

京子がごそごそと鞄を探ってみれば、先今月発売されたグルメ雑誌が出て来た。
都内23区のラーメン特集と大きく文字の入ったそれを、京子はパラパラと捲る。






「原宿と巣鴨か……」
「ふぅん。車を降りて食べるなら、原宿は少し無理だね。巣鴨なら、まぁなんとかなるか」
「……原宿行きてェ」






呟く京子に、八剣は赤信号に止まった事を利用して、ちらりと彼女の手の中の雑誌を見遣る。

ランキング形式で掲載されたページには、一位に原宿のラーメン屋を持って来ていた。
店内の写真は、少々古びた印象を受けるが、こういう店の方が京子は好きだ。
彼女曰く、「多少ボロい感じの方が旨い店が多い」との事だ。


ラーメン好きの京子の気持ちは察してやりたいが、残念ながら八剣は首を縦には触れない。






「其処はまた今度、ね」
「今度っていつだよ」






アクセルを踏んだ八剣に、京子が唇を尖らせる。






「さぁ、て。もう少し間を置いてからかな。今はまだ、人が集まっている頃だろうし」
「平日だぜ。土日に行くより良いだろ」
「それはそうだけど。原宿だからねェ」






東京都の原宿は、若者が集まる場所で、若者文化の中心地とも言える。
そんな所に、若者憧れのモデルである京子を連れて行くのは、そう簡単には了承できない。


京子はじろりと運転席の八剣を睨んだが、此処で自分が我侭を言っても無駄なのは理解していた。
じゃあ巣鴨な、と妥協を受け入れて、雑誌を鞄の中に仕舞い直す。

とは言っても、一番の要求が通らなかったのはやはり不服なようで、それからは拗ねた顔で黙り込んでしまったのだった。


































男性モデルと並んで撮影する京子を、八剣は複雑な面持ちで見詰めていた。



恋人同士と言う設定で、二人は撮影を続ける。
男性は京子の頭を撫でたり、頬に手を当てて囁くように顔を近付けたりし、京子はそれを甘受して微笑んでいる。
時折ふざけあうように抱き締めあったり、男性の手が冗談交じりに不埒な動きをしてみせたりもしていた。

移動中の車の中では決して見せない、柔らかな微笑みを浮かべた京子。
甘えるように男性の胸に頬を摺り寄せたりして、彼女は与えられたシチュエーションと役柄に入り込んでいる。


その様子は、プロとして見事だと言うべきだろう。

だと言うのに、八剣が何故複雑な面持ちをしているのか。
それは相手の男性モデルに起因する。


女性ファンを多く持ち、俳優としても活躍している、京子の相手役。
その実力には八剣も文句をつけるつもりはないのだが、如何せん、女の噂が絶えないとの事。

食指は一般のファンに始まり、近頃は大御所と云々と言う話も聞くようになった。
噂が何処まで真実を物語っているかなど、毛程のものしかないのは八剣も判っているが、強ち莫迦に出来ないのも事実。
更には八剣の懸念の決定打として、京子に気があると言う話も浮かんでいるのだ。
京子が決してその気になる事はなくても、心配になるのは仕方がない。






「本当に細いね、京子ちゃん」
「そう、ですか?」
「ああ。ほら、腰だって俺の手で、ね」






京子の引き締まった腰に、男の両手が置かれる。
高身長に見合った大きな両手は、京子の腰をほぼ一周していた。

一瞬、京子の肩眉がピクリと跳ねたが、それに気付いたのは八剣一人だ。






「それは……あの、手が大きいんだと思います」
「ああ、確かに。大きいって言われるんだよねェ。手、比べてみる?」
「……じゃあ、ちょっとだけ。失礼します」






差し出された手に、京子は戸惑った様子を見せながら、自身の手を重ねた。

置かれた京子の手を、男の手が掴んで持ち上げる。
そのまま男の顔の高さまで持ち上げられると、男の唇が京子の手の甲に落ちた。
……京子の「うぉあぁあああ!!!」と言う声にならない悲鳴が八剣の耳には聞こえた。


慌てて手を引っ込める京子に、男性モデルはへらへらと笑う。






「ごめんごめん。びっくりした?」
「し、しました」
「綺麗な手をしてるからね。こっちもすべすべで……」






男の手が京子の頬に伸びる。
逃げるか受け入れるか、京子が逡巡しているのが八剣には感じられた。

そんな京子を救ったのは、写真チェックを終えたカメラマンの号令。






「はい、続き撮りまーす。準備宜しくお願いします!」
「は、はい!」






これ幸いに大きな声で返事をして、京子はそそくさと男性モデルから離れた。
獲物を逃した男は、ちッと小さく舌打ちを漏らす。



メイクスタッフの下に逃げ込んだ京子は、口紅やチークを手早く直して貰うと、また撮影セットへ。


其処では男が男性ADに何やら小声で話をしており、ADはそれに対して渋い顔。
男はそれも構わず話し続け、最後にはADの首を縦に頷かせてしまった。

何を話していたのか、遠目に見ていた八剣だったが、大体の予想はついた。






(せめて自分で聞けば良いものを。わざわざ人を使って、繕えるような体裁があるのかな)






腕を組んで目を伏せ、溜息を吐く八剣。
とにかく呆れの一言に尽きる。

最も、男が自分自身で行動を起こしたとしても、結果がどうなるかは変わりない。



数枚の写真を収めると、男は京子の側を離れた。
此処からは京子一人での撮影だ。

京子は男の着ていたジャケットを借りると、頭から被ったり、サイズの合わないそれを着て、袖からは指先だけを覗かせたり。
右へ左へとくるくるステップを踏めば、ジャケットの裾がふわりと揺れて写真に躍動感が現れる。
細い足が楽しそうに駆け回る様を、カメラマンは仕切りに褒めながらシャッターを切った。


その様子を眺めながら、八剣はスタジオ内の時計を見遣る。
午前十一時、この撮影が終わってスタジオを出る頃には正午になっているだろう。

普通なら食堂で昼食を取ってから帰宅――――と言う所だろうが、食堂でも京子は奇が抜けない。
人目がある限り、彼女は“モデルの京子”でいなければならないのだ。


このスタジオから、朝話していた巣鴨の目的地までの道を、頭の中で確認する。
途中のコンビニで何か買った方が良いか、と思いつつ。



カツ、とフローリングタイルを踏む音が近くで聞こえて、八剣は其方へ振り返る。
撮影を終えた男性モデルが立っていた。






「今日はどうも。楽しかったよ」
「……それは、ありがとうございます」






丁寧な口振りを選びながら、八剣の瞳は冷ややかなものだ。
しかし男はそんな事など露とも気にしていない。






「いいね、彼女。カメラの前で物怖じしなくて。気に入ったよ」
「ありがとうございます」






顎に手を当て、撮影を続ける京子を見て、男はしみじみ語る。
その目は品定めをしているかのようで、八剣は言いたくなった。
見るな、減る、と。






「一度、ゆっくり食事でもしたいね」
「それはそれは。しかし生憎、今の所スケジュールが詰まっていましてね」
「そうなの? でも、夜くらいは空いていると思うんだけどねェ」






今日の午後から空いてはいるが、この男に対してのスケジュールの空きは一切ない。
八剣は胸中でそう呟きつつ、曖昧な笑みを浮かべて男の言を流した。


この手の誘いは、珍しい事ではない。
それに対して、八剣は常に「忙しい」
の一言で無視を貫いてきた。
京子も誘われた場合は、キャラクターを守りながらも、やはり無視を通している。

しかし、若手のモデルや俳優ならともかく、大御所などになってくると難しくなる。
今の所は二人きりと言う状況を避けて、マネージャーやスタッフを交えてと言う形でギリギリの体裁を守ってはいるけれど。


この男は大御所とは言わないが、ベテランの域には入る。
歳若い範囲ではあるけれど、子役モデルとして活躍していた為、芸歴は長い。
まだデビューして一年ちょっとの京子に比べると、その差は歴然としている。

それにしてはADを利用して連絡先を聞こうとしたり、押しに弱そうな京子を人前で堂々と口説いて見せたり。
大方、今日のモデルの相手役もこの男が京子を指名してきたのだろう。
やり方がどうも小物じみているようで、八剣は男の底が知れたような気がした。






(とは言え、はっきり断ると後が面倒だな)






何せ、この男が所属している事務所は、芸能界でも大きな類に入る。
京子と八剣の事務所は、弱小とは言わずとも、今の所特に大きく出世したタレントがいる訳でもなかった。
潰そうと思えば潰せる――――そんな事務所だ。






「向こう一ヶ月は休みが取れない状況でして。その後も、今の所はまだスケジュールがはっきりしないんですよ」
「一ヵ月後……ああ、それだと俺が無理だなァ。映画撮影に入ってしまうんだ。なんとかならない?」
「とは言われても、彼女も今大事な時期ですからね。中々……」






その大事な時期に、半日とは言え強引に休みを取った訳だが。
それを男が知る由もなく、男はそうかァ、と残念そうに肩を竦め、ようやくスタジオを出て行った。

余計な虫が立ち去って、一先ず難は逃れたか、と息を吐いた―――――時だった。






「八剣!」






呼ぶ声に振り返るよりも早く、背中に何かがぶつかった。
確認するまでもない、京子だ。


何事かと問い掛ける八剣に構わず、京子は八剣の縦にするように立ち居地を逆に回りこむ。






「どうしたの」
「……ッ」






八剣のジャケットを握り締めて、京子は口を噤む。

俯きかけた彼女の眦が強い険を宿していた。
口を開くと、生来の口の悪さが飛び出してくるのは間違いない。


背中に隠れた少女を宥めるように頭を撫でて、八剣は京子が走って来た方を見る。
すると其処には、バツの悪そうな顔で立っている、頼りない面立ちの青年が立っていた。






「あ、あの…その、すみません……」
「………やれやれ……」






俯いて謝る青年は、先ほど男性モデルに何某かを言い付けられていた人ADだ。

大方、京子の連絡先を聞いて来いとか言われたのだろう。
ガードが堅いと評判のマネージャーに知られる前に。






「悪いけど」
「はい……すみませんでした…」






深々と頭を下げるADに、背中に隠れていた京子の、ジャケットを握る手の力が緩む。
少し同情しているようだった。


確かに、可哀想と言えばそうだろう。
ADと言う立場上、逆らう事は出来ないし、だからモデルやタレントはああ言った行動を取る時がある。
それで上手く行かなかったら、例えそれがどんなに不条理でも、叱咤されるのは彼らADなのだ。

だが、かと言ってフォローも難しいのが現実であった。








八剣は京子の肩を押して、撤収作業に入っているスタジオを後にした。




































ビルスタジオの地下駐車場に止めていた車に乗り込むと、ようやく京子は詰めていた息を吐いた。






「あ〜……終わった……」
「ああ。お疲れ様、京ちゃん」






ぐったりとシートにもたれかかる京子に、八剣は労いの言葉をかける。






「あンのナルシスト野郎、鬱陶しいったらねェぜ!」






八剣が予想していた通り、相手役だった男性モデルの愚痴が始まった。


どうやら彼は、八剣には見えない所でも、京子に繰り返し何事か言っていたようだった。
八剣が見た手の甲へのキスや、腰に両手を回す他にも、彼のセクハラ紛いの行動は行われていた。

不埒に胸の上を彷徨うな仕草を見せていた場面があったが、その際、明らかに触っていたと京子は言う。
撮影の注文に答える為に、内緒話のように顔を近付けられた時、耳元で色々と(何かは京子は語らなかった)囁いたとか。
もっと胸を強調させる服の方が似合うとか、次に会う時はもっと京子の内面(意味深だ)が見たいとか。

とにかく、京子にとっては鳥肌ものの行為が散々行われていたのだ。






「あのスカした面、いっぺん殴ってやりてェ」






ムカムカとした腹を持て余しながら、京子は発進の為にシートベルトを装着する。






「心中は察するけどね。今日はもうオフだし、これからラーメン食べに行くし。機嫌を直してくれると在り難いんだけど」
「奢れよ」
「はいはい」






憮然として言った京子に、八剣は苦笑して了承した。



車が地下から地上に出ると、昼間の太陽の眩しさに京子が目を細める。
鞄の中に入れていたキャップ帽子を取り出すと、目深に被って日を避ける。






「結構日差しが強いね」
「日焼け止め……あー、面倒クセェ」






京子の肌は色白ではなく、少し日焼けしている位の方が健康的に見える。
しかし、過度の日焼けはやはり許されない訳で、日焼け止めクリームは必須だ。

本来の彼女は、日焼けもシミも気にしないと言う性格なのだが、この職業ではそれは通じない。
業界に入ってから知ったと言うクリームを取り出し、両手腕、頬、首筋に塗る。
いささか乱暴な塗り方だったが、機嫌を損ねている彼女にそれを言えば、更に損ねる事になるだろう。
落ち着いた頃に言えたら言うとしよう。


京子はクリームを塗り終えると、鞄に乱雑にそれを突っ込み、今度はサンダルを脱いだ。
足が痛いのか、足首を何度も捻っている。






「捻った?」
「いんや。撮影の時のミュールの所為」
「ああ。慣れていないから」
「そーそ。ったく、なんだってあんなのが流行ンだよ……」






日常生活で京子が履いているのは、殆どがスニーカーだ。
夏場や蒸し暑い日はサンダルを履くが、これもヒールが低いものばかりを選ぶ。
動き易さを重視して選んでいるようだった。

しかしモデルとして活躍している以上は、慣れていない服装もしなければならない。
足元の靴だけではない、正直に言ってしまえば京子はスカートの類すら好きではないのだ。
事実、八剣は京子が仕事以外でスカートを履いているのを見た事がなかった。
ヤボったい格好とまでは言わないが、デザインや流行を無視した組み合わせをしているのは見た事があるけれども。


京子は本人の性格で言うなら、モデル業界なんてものとは程遠いのだろう。
八剣が彼女のスタイルと表情に魅力を見出すことがなければ、一生、ミュールもワンピースも触れる事がなかったかも知れない。




―――――其処まで考えて、八剣はふと思い出した。


京子は、現在17歳だ。
これは身分証明からも確認されており、間違いはない。

だと言うのに、八剣は最初に彼女をスカウトした時でさえ、京子の制服を見た事がない。
モデルの仕事はほぼ毎日こなしているのに、その際、勉強しているような姿も見られなかった。
通信制の学校で私服と言う線も考えられたし、以前、この事で問うた事も何度かある。
その度に京子は「ンな事よりさ」と話を逸らし、八剣は結局聞けず終いになっていた。


彼女をスカウトしてから一年以上が経ち、これを一度も危惧していなかった訳ではない。
デビュー前にも何度も確認したし、早い段階で売れれば学校に行けなくなる事も言った。

結局彼女は了承し、デビューして、人気を博しているから、その点では八剣は嬉しいのだけれど――――もしもこの仕事の所為で“学生”である京子、引いては“本来の彼女”を斬り捨てているのだとしたら、それは八剣にとって罪でしかない。
増して、イメージを守る為に、学校で過ごしていた自分自身を捨てようとしているのなら、尚更。






「……京ちゃん」
「あ?」






呼ばれて、京子はサンダルを履き直しながら返事をする。






「京ちゃん、学校は良いの?」






ピクリ、と京子の動きが止まった。
数秒の沈黙の後、京子は口を開く。






「……なんでェ、急に」
「急、でもないよ。俺は何度か聞いてる」
「判ってらァ。その度にオレも言ってんじゃねェか。良いんだって」






とすっとシートにもたれて、京子は呆れた口調だ。
何度も何度も聞くな、と言うように。


赤信号に引っ掛かって車を止め、ウィンカーを出しながら八剣は続ける。






「確かに、この一年間で何度も確認して、京ちゃんは鬱陶しいと思ってるかも知れないけど」
「じゃあもう聞くな」
「学生の本分は疎かにするべきじゃないよ。それに、学校のクラスメイトなら、今更イメージを隠す必要もないんじゃないかと思うんだ。其処でぐらい、普通に振舞っても罰は当たらないよ」
「………そういう訳にもいかねェだろ。っつーか、いいんだよ、ンな事は」






赤信号が長いと定評のある信号は、まだ変わらない。

沈黙が落ちると、ウィンカーの電子音だけが煩く鳴り響く。
八剣はまだ言いたい事があったが、窓に映り込んだ彼女の表情がそれを拒絶していた。










通信制の学校で、学校側にも許可を貰って、休み勝ちでもなんとか出来ているのならまだ良い。
でも、そうでないのなら、学生生活を犠牲にして、モデルの仕事をしているのなら。

彼女をこの世界に誘った自分は、きっと大罪人だ。
だって学生の楽しみを彼女から奪っている。
自分自身に正直に生きることも、行きたい場所に行くことも、仲間達と他愛ない会話を交わすことも、全て。



――――――そんなつもりは、なかった筈なのに。













仕事のオンオフの差が激し過ぎる京子(笑)。

ラブコメ風を目指しても良かったんですが(無理だな)、ちょっとシリアス路線です。