Handmade is glad. 後編









曲がり角の陰に身を隠し、そっと長く真っ直ぐに伸びる廊下を覗き込む。



トーテムポール状態で廊下の様子を窺う遠野、小蒔、龍麻を、道行く生徒たちは不審げに横目で見ていた。
その視線に気付いているのは葵一人で、なんでもないから、と愛想笑いを浮かべるのが精一杯だ。
生徒たちはトーテムポールの中に新聞部の遠野がいるのを見つけると、なんとなく合点が行ったのか、そのまま通り過ぎていく。

……何も言及されなかったものの、反って肩身が狭くなるような思いをする葵だった。


しかし、そうは言っても、葵も気になるのだ。
だから見るからに不審そうな友人達の行動も、いつものように止められないでいる。







「京、いないね」
「やっぱり何処かの教室に篭ってるみたいだね」






龍麻の呟きに、小蒔が遠野の言っていた事は当たっていたのだと頷く。


コソコソと友人の動向を調べることに、小蒔は最初、あまり良い顔をしなかった。
実際、此処に来るまではずっと渋い顔をしていたのだが、結局こうして参加している。
しかも結構積極的であった。




遠野がきょろきょろと左右を確認すると、問題なしと見て、廊下に出る。
それに倣って龍麻、小蒔が続き、最後尾に葵がついて行く形になった。



並ぶ教室を一つ一つ確認してみたい所だが、殆どの教室には鍵がかけてあった。
中に人がいる気配はする、恐らく内鍵で閉めてあるのだろう。
窓はスモークガラスでプライバシーを仕切られている為、中にいる人物を確認する事は出来ない。

鍵は職員室に取りに行かなければならず、尚且つ、正当な理由が必要。
生徒会長である葵ならば可能かも知れないが、一フロアにある教室全ての鍵を一度に借りるのは無理がある。
一つ一つを借りて返してなんて悠長な事をしていたら、休憩時間が終わってしまう。
京子と廊下で逢ったりすれば、彼女は益々警戒し、今後、調べることは出来なくなる可能性が高い。

龍麻が正面から問い掛けて、素直に話してくれるなら良い。
しかし、彼女の性格もあり、今の今まで隠し続けたことを素直に喋るとは思えなかった。


本当に、チャンスは今だけ。
のんびりしてはいられない。




遠野が道行く生徒を捕まえて、京子か醍醐のどちらかを見ていないかと問う。
この辺りにいるのは間違いないのだから、誰か一人は二人の所在を知っている筈。

しかし殆どの生徒は首を捻り、中には「こんな所に蓬莱寺が来るのか?」という反応もある。
その疑問は最もで、教室しかない校舎内に彼女が長居するとは誰も思えない。
彼女のいる場所と言ったら、自分の教室と、屋上、校庭の木の上ぐらいのものなのだ。
好きで彼女が訪れる場所ではない。


だが、確かに彼女は此処にいる筈なのだ。
移動していなければ、まだこの近くに。



根気良く、しかし迅速に。
遠野は生徒を捉まえては問うて、解放し、また捉まえてを繰り返した。






―――――その甲斐あってか、








「蓬莱寺と醍醐?」
「そう。アンタ知らない?」
「……………いや?」






龍麻達と同じクラスの、アフロが特徴的な生徒――――通称アフロ田(京子が勝手に呼んでいる)。
遠野の問い掛けに、彼はかけていたサングラスのズレを直し、首を傾げて否定した。

その仕種を見た瞬間、遠野の眼鏡がキラリと光る。






「ホントに?」
「本当だって」
「ホントにホントに?」
「し、しつこいな、なんだ?」






遠野に詰め寄られ、アフロ田は自分よりもずっと小さな少女に圧倒されていた。






「ホントにそうならいいけど、嘘吐いてたらアンタのアフロ毟り取るわよ」
「ヒィィィッッ!!」






咄嗟に大きなアフロを抱え、アフロ田は後ずさる。
本当にやり兼ねない―――否、本当にやるのが遠野の恐ろしい所であった。






「か、勘弁してくれ、アフロだけはッ!」
「……って言って逃げるって事は、知ってるんだね?」
「はッ! い、いや、知らん、俺は何も知らんぞッ!」
「桜井ちゃん、捕まえて!」
「よしッ!」






何故かタッグを組んで、遠野と小蒔はアフロ田確保に乗り出した。

止めるに止められない勢いに、最も当事者に近いであろう龍麻は、其処に立ち尽くすだけだ。
同時に葵も、相手が嫌がっているのだから、と微妙にズレた事を言って止めようとするも、彼女達には届かなかった。







――――――しばし、第三校舎には悲鳴が響き渡っていった。




































アフロ田と小蒔・遠野の追いかけっこに終止符を打ったのは、生物教師・犬神杜人であった。

アフロ田の足を引っ掛け、小蒔と遠野の襟首を掴んで、猫のように確保した。
いつも気怠そうな雰囲気しか漂わせない生物教師の手管に、思わずぽかんとした小蒔と遠野だ。
同じくアフロ田も、助かったのかどうなのか不明な状況に、呆然とするしかなかった。


廊下は走るな、と最もな注意を言った後、彼は何事もなかったかのように生物準備室に消えていった。



アフロ田は、それ以後、逃げなかった。
遠野が何事か耳打ちすると、あっという間に大人しくなったのである。

……新聞部とは、中々敵に回すものではない。







「――――と、ゆー事で、アフロ田君の情報を元に来てみたけど」







とある教室の前で、龍麻、遠野、葵、小蒔は立ち尽くしていた。



アフロ田は何故か、自分の身(主にアフロ)の絶対安全を交換条件に、此処で京子を見た事と言った。

それ程前の話ではないから、まだ出て行っていないし、休憩時間の終わりにも後10分という余裕がある。
だがのんびりしてはいられない、アフロ田に知られた京子が、いつまでも其処にいるかが怪しい。
あれだけ周囲を警戒していた京子が、自分の居場所を知られて移動しないとは限らない。
クラスメイトにバレたと言うことは、遠からず、他の面々にもバレ兼ねないということなのだから。


醍醐の方は見なかったのかと問うと、そちらに関しては知らなかった。
見たのは京子一人だけで、丁度教室に入っていく所だったらしい。
それらしい声はしたかも知れない、というのが精々だった。




そして、辿り着いたのが此処。

“家庭科室”である。






「………醍醐君は、いそうだけど」
「……京子ちゃんは…見間違いじゃない?」







料理が趣味である醍醐が、頻繁に此処に出入りしているのは周知の事実。
小蒔の大会の昼食や、部活の差し入れなど、彼は此処に来て手早く作り上げていた。
他にもオリジナル料理の研究に余念がないらしく、家庭科部から誘いが来るほど、此処に馴染んでいる。

だから醍醐は、判る。


しかし、京子が此処に来るとは、到底思えないのだ。






「醍醐君の料理のつまみ食いしてるとか」
「あ、やってそう。でも、そんなの隠すかなぁ……」





首を捻る小蒔に、遠野もまた首を捻る。



龍麻がそっと扉に手をかけると、鍵は開いていた。
あれだけ警戒していた京子の事、自分がいるとなったら鍵もキッチリ閉めそうなものだ。
単純に彼女が此処にいないのか、それとも閉め忘れたのか……

音が鳴らないように、慎重にドアを開ける。


僅かな隙間から、そっと教室の中を覗き込んだ。










「いってぇ………」










聞こえたのは、ほんの小さな呟きだった。
しかし、それが紛れもない恋人のものであると、龍麻はすぐに判った。



よくよく中を覗き込むと、教室内はカーテンも締め切って、外から中が伺えないようにしてある。
カーテンに強い遮光効果がない為、昼間の教室は電気を点けなくても、決して暗くはなかった。

その中に、向かい合っている京子と醍醐が立っていた。
京子は此方に背を向けている為に表情が窺えないが、俯いているように見える。
醍醐は困ったような顔をして、そんな京子を見下ろしていた。


同じく覗き込んでいた遠野、小蒔、葵も、二人に気付く。






「何? 何、どうなってんの? 何してんの?」
「桜井ちゃん、しーッ」
「本当に此処にいたのね、京子ちゃん…」






目を丸くする小蒔と、それを制する遠野、しみじみ呟く葵。
その声すら、今の龍麻には遠い。






「ね、なんの話してるの? 聞こえる?」
「ダメだよ、遠過ぎるし」






京子と醍醐がいるのは、入り口から遠い一番後ろの調理台。
窓際に位置する其処で、二人は何か喋っているようだが、生憎遠くて会話の内容は聞こえない。
京子の気持ち高い声が時折鼓膜を掠るものの、明確な形にはならなかった。






「………京」
「なに? 緋勇君、何か見える?」
「…見えない、けど……」






彼女の顔は見えない。
何をしているのかも、此処からでは判らない。





でも、判るのは、










「京、泣いてる」



「「うそッ!!」」










龍麻の言葉に、小蒔と遠野が綺麗にハモった。
その声は二人の驚きを表したかの如く大きなもので、家庭科室内にも当然響き、京子と醍醐の肩が跳ねる。


京子が振り向こうとするのと、龍麻が扉を開け放ったのは、完全に同時だった。






「京ッッ!!」
「わーッ! 緋勇君ッ!」
「醍醐君ダメよ、女の子泣かしたら!」
「京子の泣き顔ッ! スクープ映像ーッ!」






開け放たれた扉に、それに寄りかかっていた三人は支えを失って雪崩れ込む。

往々に好き勝手に言う三人と、常と違って僅かに張り詰めた表情の龍麻と。
きっと静かであった筈の家庭科室に、一気に流れ込んだ騒がしさについていけないらしく、京子と醍醐は呆然と立ち尽くす。
その呆然と立ち尽くした恋人の眦に、薄らと透明な雫が浮かんでいるのを龍麻は見た。


綺麗に並べられた机を避けて近付く龍麻の足音に、京子はようやく現実に追いついたらしく、






「――――――ゲッ! た、龍麻ッ、お前なんでッ……!」






初回のリアクションから遅れ気味だったが、誰もそれを突っ込むことはしない。
素早くカメラを取り出した遠野は、京子にしっかりとピントを合わせてシャッターを切っていた。
それにも撮るなと言う事もなく、京子は慌てた様子で何かを背中に庇う。





「京、」
「龍麻、ちょっと待て、待て! こっち来んなッ!」
「どうして? 僕、京に嫌な事した?」
「そうじゃねえ! ねぇ、けど、来るな! 今こっち来るな!!」
「蓬莱寺、落ち着け、危な―――――」





調理台に手をかけて後ずさりかけた京子を、慌てて醍醐が止めようとする。
が、遅かった。









「いってぇッ!!」









響いた悲鳴に、龍麻が急いで京子に駆け寄る。

京子は左手を押さえて、調理台の影に蹲っていた。
醍醐が言わない事じゃない、と溜め息を吐いて、ポケットからティッシュを取り出す。






「京、大丈夫?」
「ほら、蓬莱寺。これで止血しておけ」
「……おぅ……」





差し出されたティッシュを受け取って、数枚取り出して左手に当てる。






「京子ちゃん、保健室に…」
「いらねェよ、んな大騒ぎすんな」






葵の言葉に、僅かに顔を顰めながら京子は断りを入れる。
葵は戸惑った表情をしていたが、京子がそう言う以上は、聞かないのもよく判ったのだろう。
心配そうに京子の手元を見つめるに留まった。

左手を押さえるティッシュは赤く染まってはいるものの、それ程派手な出血ではなかった。



龍麻が京子の手を捉えると、一瞬、京子の手が震えた。
傷口に触れた訳ではない、単純に京子が他者からの接触に慣れていないだけだ。
だから龍麻は気にする事なく、その手を引き寄せた。





「痛い?」
「…いや、痛かねェ……」
「良かった」





気まずそうに目をそらす京子に、龍麻は少し安堵した。
そっぽを向いた京子が、耳まで赤くなっているのが見えたからだ。


久しぶりに触れた手のひらが嬉しくて、龍麻はしばらく、そのままの状態で立ち尽くしていた。

それを邪魔する気にはならなかったのだろう。
京子の傷も大した事はないし、龍麻の心情も幾らか落ち着いた。
周囲の四人は互い互いに顔を見合わせて、ようやく安心したように息を吐いた。



が、他者が思うほど良いムードが続かないのがこのカップルである。








「いつまで握ってんだ、このッ!!」







バシッと音がして、京子の右手が龍麻の頭を叩いた。


誰よりも男らしい性格の京子である。
こういう場面で女の子らしく、龍麻に身を委ねるなど出来ない。
しかも友人達に囲まれた状態で、だ。


彼女の性格は判っているが、折角なんだからもうちょっとそのままでもいいじゃない、と遠野と小蒔が小さく呟く。

だが、叩かれた小さな痛みさえ、龍麻は気にならなかった。
こんな遣り取りそのものが一週間ぶりで、目の前に大好きな京子がいる、それだけで十分だったのだ。




叩かれた頭を擦りながら、にこにこと笑う龍麻に、京子は左手に添えたティッシュを抑えながら明後日の方向を向いた。
―――――照れ隠しの所作だと、判る人には判り易い態度で。



見慣れた光景に落ち着いた二人を、記念とばかりに遠野がカメラのシャッターを切る。
久しぶりにフレーム内に並んだ二人は、遠野もよく見慣れた二人に戻ったような気がした。

こっそりとそれに保護をかけて、遠野は京子の左手を見遣る。






「で、京子は何してたの?」






京子に聞いても素直に答えてくれそうにないので、遠野の質問は醍醐に向けられた。
醍醐の性格を考えると、この状況で往生際悪く逃げようとはしないだろう。






「あ、ああ…ちょっと練習をな」
「練習?」
「あッ! バカ、醍醐ッ!!」





遠野の思った通り、説明しようとする醍醐を、京子が慌てて止めようとする。
それを体格とリーチの差で制して、もう隠せる状況じゃないだろうと醍醐は言う。
京子はそれでも醍醐を止めようと、制する腕を抓ったり叩いたりするが、効果はなかった。






「料理の練習をしていたんだ」
「………料理?」
「京子が?」






醍醐の言葉は、何も不自然ではない。
此処は家庭科室だ、被服や調理の授業で使う場である。
料理の練習をする生徒がいたって、何も可笑しくはない。

しかし、それが京子であるという事が、この場にいるメンバーにとって、何よりも不自然だったのだ。


京子は決して不器用ではないが、家庭科の成績は頗る宜しくない。
それは彼女が授業をサボタージュするというのも原因の一つだが、相性が悪いのか、家事一切に関することは全く駄目だ。
女らしさという言葉からは、遠くかけ離れている性格でもあり、彼女自身がそれを気にした事はない。



そんな彼女がどうして急に、と一同の視線が京子へと集まる。
京子はその視線から逃げるように、明後日の方向を向いて、既に出血の止まった左手を居心地悪そうに弄っていた。
背中を向けているものの、少し癖のついた髪の隙間から見える耳は、先端まで真っ赤に染まっている。






「正直、結果はあまり芳しいものじゃないんだが……」






呟いた醍醐の視線が、調理台へと向けられる。
今まですっかり京子の方に気を取られ、そちらを見ていなかった龍麻達も、それに倣った。


調理台の上には、包丁やらまな板やら、野菜やら果物やらが並べられている。
デコボコになっている林檎、サトイモ並に小さいジャガイモ、千切りには程遠い太さで刻まれたキャベツ、丁度刻んでいる途中のタマネギ。
シンクの三角コーナーには、大ぶりの実がついている皮に、これまた大きく切られたトマトの蔕など。
乾いた布巾の上には、洗ったばかりのミキサーが逆さまにして置かれていた。

一つ隣に設置されている机に目を向けると、ドロドロに形の崩れたトマト煮や、真っ黒に焦げた何かが皿に乗せられていた。
並べられた皿の中心には、これは判り易く、大きなグラスに苺牛乳が置かれている。
その苺牛乳にも、大粒の果肉が残っていて、少しグロテスクな印象を持たせてしまっていた。



調理台と机とを見た後、一同の視線はまた京子へと向けられた。






「……京子が、料理?」
「醍醐君に教わって?」






確認のような、まだ信じられないような。
そんな声色の遠野と小蒔の言葉に、京子の肩がわなわなと震え、





「どうせ似合わねーよ、さっさと笑いやがれ!!」
「だ、誰もそんな事言ってないわよ!」
「言ってなくても思ってんだろ!!」






怒号に近い京子の台詞に、圧倒されたのもあり、図星もありで、遠野は返す言葉に詰まってしまった。


京子は眉根を吊り上げたまま、自分を囲む面々を押し退け、皿の並ぶ机に近付く。
黒焦げの塊の皿を掴むと、シンクの三角コーナーに捨て始めた。

咄嗟に小蒔が京子を後ろから羽交い絞めにし、葵と遠野が皿を確保する。
が、既に並べられていた皿の半分は三角コーナーに流されてしまっていた。
中には、これは比較的大丈夫そうなんじゃないか、というものまで。





「きょ、京子、ストップストップ!」
「るせー! 離せ! どうせ食えやしねェんだ!!」
「だからって勿体無いよ!」
「そうよ京子ちゃん、頑張れば食べられないものなんて一つもないから!」
「美里ちゃん、それフォローになってない!」





バタバタと騒がしく揉める女子四人を、龍麻は半ば呆然として見守る形になっていた。
そして、泣いていたように見えたのは、タマネギが目に染みたのか、と。



醍醐はなんとなくこの展開に予想がついていたのか、腕を組んで溜め息を吐いている。
だから内緒にするだけ無駄だと言ったのに――――という呟きが、溜め息の中に篭っていた。


その呟きが鼓膜に届いて、龍麻は顔を上げる。
隣に並んでいた醍醐が視線に気付き、少々困惑したように頭を掻いた。

気まずそうな表情は、しばしの間恋人を借りていた事へか。
龍麻がぼんやりして見えても、京子に芯まで惚れているのは、醍醐もよく知っているのだ。
醍醐も小蒔に芯から惚れ込んでいるから、彼女に相手に冷たくされれば当然傷付くし、ベコベコに凹んでしまう。
だから、京子に相手にされず、龍麻がどれだけ凹んでいたのかと言う事も、彼は想像が出来る。






「悪かったな、緋勇」
「え……あ、うん…別に、いいよ」





笑みを浮かべて首を横に振る龍麻に、醍醐は益々困ったように眉尻を下げた。






「きっと京が無理言ったんでしょ」
「無理…と言うか、まぁ、黙っててくれと」
「ごめんね、醍醐君」






恋人の我侭を変わりに謝る龍麻に、今度は醍醐が首を横に振った。
捨てる捨てない、勿体無いと揉めている女子には、その会話は聞こえていないらしい。


今までの苦労を、真っ赤になって全否定しようとする京子に、龍麻は小さく笑う。

机の上で無事に残っていた、見た目はちょっと宜しくない、苺牛乳。
ご丁寧にストローまで差してくれているのが、なんだか無性にくすぐったい気分だった。






「緋勇?」






苺牛乳を手にとって、じっとそれを見つめる。
大好きな飲み物に口をつけないのを珍しく思ったのか、醍醐が名前を呼んだ。

それに反応して、京子が声を上げる。






「ゲッ! た、龍麻、それッ!!」
「京が作ったの?」
「いや、違、いやッ……と、とにかくそれも捨てるッ!!」
「だーめ」






小蒔を振り払って、苺牛乳を取り上げようと京子が手を伸ばす。
その手をあっさりかわして、龍麻はストローに口をつけた。


甘い匂いが鼻腔を擽り、同じ甘い味が口の中に広がった。
学校でいつも飲んでいる、お気に入りの苺牛乳よりも、ずっと濃くて甘い。
時々果肉がストローを詰まらせて、強く吸えば狭いストローを通って来た果肉が口の中に飛び出して来る。
噛んでみれば少しだけ甘酸っぱかった。

ストローでは吸い取れない程に大きな果肉は、直接グラスに口を付けた。
殆ど食べると言っていい大きさの苺も、やはり小さな粒と同じく、甘酸っぱい。



苺を捨てるなんてとんでもない。
まして、大好きな恋人が頑張って作ってくれたのなら、尚更。




京子の、奪い損ねたまま伸ばした手は、そのまま硬直していた。
半ば呆然とした表情で龍麻を見つめる京子の顔は、これ以上ない位に赤くなっている。





男らしい男らしい、と彼女を知る人達は、皆口を揃えて言う。

それは確かにそうだろう。
スカートだと言う事を気にせず校舎の三階から飛び降りたり、男顔負けに剣の腕は立つし、その上“歌舞伎町の用心棒”。
女でありながら、舎弟達からはその男らしさ故に“アニキ”と呼ばれる京子である。
彼女自身も女扱いされると顔を顰めてしまい、世に言う“女性らしさ”とは実に程遠い人物だった。


けれども、龍麻は知っている。
彼女がそれを意識しているかどうかは、判らないけれど。



結構、可愛いところもあるのだと。











「美味しいよ、京の作ってくれた苺牛乳」











未だ硬直したままの京子の頬に、キスをした。

照れ隠しの一発は覚悟して。














おまけ
個人的に好きなアフロのクラスメイトを出してみました(勝手に命名してごめんなさい(笑)。
女体化京一は、デフォルト以上にツンデレです。恋心を自覚してるので、照れ臭くって余計に恥ずかしいのです。素直になれません。

こんな感じのギャグ調で青春真っ盛りを書く予定。