らしくないなんて言わないで

そういう所も全部含めて、君なんだから

























I like you of the life-size



























その日の事を知ったのは、当日の四日前。
本人からではなく、彼女をよく知る人々の質問から。






「苺ちゃんは何か用意してるのかしら?」






アンジーの問いに、龍麻はきょとりと瞬き一つ。
その表情から、アンジーはあら、と驚いたように口元に手を当てる。






「苺ちゃん、知らなかったのね」
「なんの話ですか?」






意外そうに――――しかし何処かで納得したように。
あらまぁと頷きながら呟くアンジーに、龍麻は彼女が何を指標して聞いてきたのか訊ねてみた。

するとアンジーは辺りをぐるりと見回してから、






「もう直ぐね、京ちゃんの誕生日なのよ」
「京の?」
「ええ。そう、京ちゃんったら苺ちゃんに伝えてなかったの」
「うん」






こくりと首を縦に振った龍麻に、もうあの子ったら、とアンジーは眉尻を下げている。


そんな表情をさせた当人は、今この場にいない。
数分前までは此処で一緒にだらりと過ごしていたのだが、チンピラに絡まれた吾妻橋達が助けを求めてきたので、彼らと一緒に外へ行ってしまった。
場所が何処だか知らないが、まだ帰って来ないと言う事は、少々遠くになるのだろう。

その様はまるでいつもと同じ風体で、誕生日が近い事なんてまるで頭にはないようだった。
彼女のことだから忘れている可能性もある――――と思っていると、案の定。






「京ちゃんの事だもの。きっと忘れてるのね」






流石、長い間彼女の面倒を見ているだけある。
仕方ないわねと子供の失敗を見守るようにアンジーは微笑んだ。






「毎年お祝いしてるんだけどね、京ちゃんいつも忘れてるのよ。本人はあんまり気にしてないみたいなんだけど、折角の誕生日なのになんにもしないなんて勿体無いじゃない。だから私達がお祝いしてあげてたの」
「そうなんですか」
「ええ。プレゼントあげてね、子供の頃はケーキも食べてたわ。最近は甘いもの好きじゃなくなっちゃったから、ちょっと夕飯を豪華にしたりとか」






嬉しそうに話すアンジーの姿に、龍麻は今は離れて暮らす母を思い出した。

あの人も毎年龍麻の誕生日を祝ってくれて、美味しい苺のケーキを作ってくれて。
勿論父も、自分の窯で焼いた陶器の猫の置物や、小さな頃は木を削って玩具を作ってくれた。
龍麻はそんな誕生日が待ち遠しくて、毎年指折り数えたものだ。


では、京子はどうだろう。

『女優』の人々にとても愛されている彼女だけれど、如何せん、彼女自身が天邪鬼だ。
祝われる事を嫌がってはいないだろうが、素直に「ありがとう」なんて台詞は早々出て来ない。
プレゼントやケーキを楽しみに、指折り数える事も減るだろう。

更に言うなら、今の彼女は現実主義と言うか――――あまり夢を見る性格ではない。
誕生日なんてあの世に近付いただけの日だろ、なんて言い出しそうだ。



慣れ親しんだ『女優』からのお祝いでさえ、照れる京子だ。
龍麻やクラスメイト達からのお祝いなんて以ての外だろう。

仮に誕生日を覚えていたとしても、教えることなんてしないだろう。
聞かれて答える事があるぐらいで、プレゼントが欲しいなんて思う事もなさそうだ。






「でも京ちゃんったら…苺ちゃんにくらい教えてあげたっていいのに。ねえ?」






アンジーがビッグママに同意を求めると、ビッグママは苦笑するだけ。
アンジーの言う事が判らないでもないけれど、天邪鬼な彼女の性格ではそれも無理だと、ビッグママは思うのだろう。



だが実際、龍麻は教えて置いて欲しかった。






「京の誕生日っていつですか?」
「24日よ」






答えを貰ってカレンダーを見れば、今日を含めてあと四日後。

……彼女が喜びそうなプレゼントを探すのに、この時間は果たして十分であろうか。











































「へェ、京子ってもう直ぐ誕生日なんだ」






龍麻が投げかけた質問に、小蒔が食いついたのは先ず其処だった。
葵も同じ気持ちだったようで、少し驚いたような顔をしている。
驚かなかったのは、恐らくとうの昔に調べていたのだろう、遠野くらいのものであった。


24日なんて直ぐじゃん、と携帯電話の今日の日付を確認して小蒔が呟く。






「それで緋勇君の質問――――京子が好きそうなモノ、だっけ?」
「うん。何か知ってる?」






緋勇の問いに、小蒔は数秒考えた後、葵を見る。
葵は小さく首を横に振って、知らないとジェスチャー。

お鉢が廻って遠野を見る三人の目は、少しばかり期待に満ちていた。
靴下の穴までお見通しと豪語する遠野である。
特定人物の趣味趣向についても丸々暗記している可能性は十分あった。


だが、遠野は顎に手を当てて考え込んでいる。






「京子が好きそうなモノで、誕生日プレゼントになりそうなモノでしょ? あんまりないなァ……」






京子の好きなものと言ったら、剣とラーメンとケンカ。
一番最後は少々事情が違うだろうが、とにかく挙がるのはそれ位のものだ。
どれも誕生日プレゼントにはなりそうにない。

ラーメンなら奢ると言う手もあるが、それではあまりにもつまらない――――龍麻個人が。
折角の恋人の誕生日なのだから、何か記念になりそうなものをプレゼントしたいのだ。
ささやかながら、これは龍麻の男としての見栄であった。


これ以外で一番無難になりそうなものと言ったら、服だろうか。
龍麻が極稀に見る事のある彼女の私服は、殆どが無地のシンプルなものだった。
基本的に金銭に余裕がないから、量販店で下着と一緒に纏め買いするらしい(それも『女優』の人々にそろそろ買いに行けと尻を叩かれた時だけだ)。

普通の女の子が相手なら、其処に一つ、似合いそうな洒落たワンピースでも渡せば喜びそうだ。
だが京子はお洒落なんてものに全く興味がなく、服を貰って喜ぶような性格でもない。
ブティックの前なんていつだって素通りだ。
同じ理由でアクセサリー類もなし。


次に思いついたのが花だ。
贈り物としては一番ベターな選択肢である。

が、花を貰って果たして彼女は喜んでくれるだろうか。
処分に困るという顔をするのが関の山のように思う。
それならラーメンの方が良い気がする。






「ねぇ、マフラーとか手袋はどう?」
「あ、いいね。京子ってばいつも寒そうだし」






葵の提案に、小蒔が賛同する。
が、龍麻は首を捻り、






「してくれるかな? 京……」






呟きに、葵、小蒔、遠野は苦笑するしかない。

マフラーはおろか、手袋だって見につけようとしない彼女。
風邪をひきそうなその格好に、どうして手袋もしないのと誰かが聞いた時、彼女はきっぱり言った――――「ケンカすんのに邪魔」と。
マフラーは捕まれたら首を絞められるし、手袋は木刀の感触が手に伝わるのを妨げるので嫌らしい。

なんとも彼女らしい発言だったが、風邪をひいたらケンカも何もないだろうと思う。
葵にしてみれば、そもそもケンカ自体がする事ではない。






「……身に着けるものはナシの方向ね」
「…そうだね……」
「それじゃあ、木刀を入れてる袋は?」






めげずに提案する葵。
それに遠野と小蒔は顔を見合わせ、ああ…と納得したようだった。






「京子ちゃん、ずっとあの袋を使ってるでしょう」
「うん、確かに。一年生の時にはもう持ってたよね」
「学校に入学した時には持ってたわよ。あたし写真撮ったから覚えてる」






確かに、京子の持つ太刀袋は、随分古いもののようだった。
生地は上質なようで手触りは良いのだが、所々解れている場所があったりする。
口を閉じる為に通してある赤紐も、先端が解けかけていた。

たまに彼女は、その太刀袋も武器に使うことがある。
それを三年間も愛用しているとなると、ボロボロになるのも当然のことだ。


だが。






「あー…でも……」






遠野がまた顎に手を当てて、何かを思い出している。






「なんかあれって、大切なモノみたいなのよねェ…」
「そうなの?」
「うん」






小蒔の言葉に返したのは、遠野ではなく龍麻。


拳武館の一件で、京子が失踪している時分。
遠野は『女優』にて吾妻橋の話を聞き、彼女が瀕死の状態のまま、誰かに何処かへ運ばれて行った事を聞いた。
その際、吾妻橋はアンジーとビッグママに彼女がいつも木刀を入れていた紫色の太刀袋を見せた。
それを見た途端にアンジーは狼狽し、「京ちゃんがこれを置いていくなんて有り得ない」と言っていた。

龍麻はその話を聞いた訳ではないけれど、京子を見ていたら判る。
何者にも執着らしい執着を見せない彼女が、愛用の木刀と太刀袋だけは何があっても手放さないから。



どんな由縁があるのかは判らないが、京子は木刀と同じくらい、太刀袋も大事にしている。
まるで、自身の刃を収める為の鞘のように。

だからきっと、新しい太刀袋を渡しても、彼女はそれを使わないだろう。
彼女の鞘はあの紫色の太刀袋ただ一つだけなのだ。






「じゃあ、それもナシか…」
「となるとー……」






身に着けるもの、剣に関するもの以外で彼女が喜びそうなもの。
やっぱりラーメンぐらいしか思いつかない。






「こうしてみると、京子って無趣味だね」






小蒔の呟きに、三人は苦笑を漏らすしかない。

漫画は暇潰しに読んでいる事があるけれど、特別好きなジャンルや気になるタイトルがある訳でもないらしい。
剣術とラーメンにしか興味がないのは、なんとも彼女らしいのだけれど――――お陰で、今の龍麻は非常に困っている。



四人で顔を着きあわせて考え込んでいると、ふっと龍麻の視界が陰った。
振り返れば醍醐が不思議そうにメンバーを見渡している。






「何を集まって悩んでいるんだ?」
「うん、ちょっと京の事で」
「あ、そうだ!」






小蒔が醍醐を見上げて、思いついたように手を叩く。






「醍醐君は何か知らない? 京子の趣味とか、好きなものとか。ラーメンとか以外で」
「蓬莱寺のですか? どうしてまた急に……」
「もう直ぐ京子の誕生日なんだってさ。それで、緋勇君が京子に何かプレゼントしたいって」






小蒔の話を聞き、醍醐の視線が龍麻に向けられる。
へらりと笑うと、成る程と呟いて醍醐は考え込んだ。

彼女との過去のやり取りを思い出そうと沈黙した醍醐を横目に、遠野が呟く。





「あたしが知らないのに、醍醐君が知ってるかしら」
「うーん…判んないけど。でもさ、今年の春まで京子って醍醐君以外とあんまり会話してなかったじゃん。醍醐君しか聞いてない話とかってあるんじゃないかなァと思ったんだけど」






醍醐と京子は、真神学園に入学する前からの知り合いだ。
出逢いはまるで穏やかなものではなかったらしいけれど。

なんでも、お互い一番荒れている時期に会ったようで、その繋がりで高校に入学してから何かとつるむ様になったのだと言う。


龍麻がこの学校に転校して来るまで、京子は他の生徒と殆どまともな会話をした事がなかった――――と龍麻は遠野から聞いた。
遠野はスクープ狙いで追い掛け回していたら、怒鳴られたり呆れられたりと言う顔をよく見たけれど、他の生徒(特に女子)は彼女に近付く事すら滅多にしなかったそうだ。
一年生の頃には既に彼女は“歌舞伎町の用心棒”の異名を持っていて、生徒は皆遠巻きに眺めるばかり。
三年生になる頃には大分険が抜けたようだが、それでも葵も彼女には一線引いた状態だったし、小蒔は葵を間に挟んでケンカばかりだった。

そんな中で数少ない会話の相手の一人が、中学時代に顔を合わせた醍醐。
衝突もするが、何気ない会話もする、友人とも言える人物は彼一人だった。


ならば、確かに小蒔が言うように、醍醐しか知らないことがあるかも知れない。



しかし、期待に反して醍醐は沈黙しきって考え込んだまま、動かなくなってしまった。






「……やっぱり無理かなァ」
「…いや………」






否定の色を含んで呟かれた醍醐の声に、一同は顔を上げた。






「好きかどうかは判らんが、意外だなと思った事が一つあるな」
「何?」
「二年の時に社会見学で、何処だったか動物園に行ったんだが、何かの展示室の前から動かなかったんだ。他を見に行かないのかと聞いたら、此処でいいと言ってたな」






動物園への社会見学に参加 それだけで、彼女にとっては意外な事だ。
サボって一人何処かへ行ってしまいそうなのに。


なんの動物? と言わずとも問うてくる幾つかの視線に、醍醐は首を捻る。






「なんだったか……」
「京子のことだから、ライオンじゃない? トラとかさ」
「いえ、それは違うと思います。それなら意外とはあまり…」
「そっか。意外だったんだから、京子のイメージにないって事だよねェ」
「あ、それならウサギじゃないかしら」
「それはないと思うよ、葵〜」
「だって意外なものって言うから……」






もう何度目か、考え込み始める。
と。






「そうだ、あたし見た! それで珍しいなーと思って写真撮ろうと思ったら気付かれて、怒られたのよ」
「そうなの? で、何何、なんの動物?」






声を上げた遠野に、小蒔が詰め寄る。
龍麻も気持ち前傾になっていた。



その当時のことを思い出したのだろうか。
遠野は眼鏡をキラリと光らせて――――――確かに、実に意外な動物の名前を口にした。