篝火 : 第四節 アン子は終始京子の手を引いて、龍麻はその京子の半歩後ろをついて歩いた。 何もかも不思議そうに辺りを見回す京子に、アン子は彼女が気になると言う全てのものに答えた。 龍麻や八剣が説明するように簡素に単純に、とは行かなかったが、その分、京子は詳しい知識を得た。 普通なら知っている事も知らない京子の頭の中が、少しずつ常識へと追いついていく。 物の名前、色の名前、形の名前、音の名前。 説明する都度、どんな生活をしていたのかと言う疑問がアン子の頭に浮かんだが、詳しくは聞かなかった。 八剣からの脅し文句が功を奏していたのは、間違いない。 文字も読めなかった京子だったが、少しずつ、字の形を覚えてきた。 読めている訳ではなく、「あの形はさっきも見た」と言う程度のものであったが、それも大した進歩である。 だがそれでもアン子の瓦版を読めるには至らぬ訳で、自分の刷った瓦版が読まれない事がアン子にとっては非常に悔やまれる事であったらしく、アン子は京子に字も教えると言い出した。 ある果物屋に入ると、一山幾らと書かれた札が置かれていた。 品物名も一緒に書いてあるそれを指差して、アン子が京子に問いかける。 「これ、読める?」 「………?」 「さっきも同じ形の字を見たわよ」 勉強はこんな具合に進んでいる。 非常にスローペースであった。 しかし、これ位遅くなければ、京子は早々に嫌がって投げ出すだろうと龍麻は予想していた。 「……り?」 「うん。最初は“り”。それで、これは?」 アン子が手にとって示したのは、積まれたリンゴ。 真っ赤な色をしたリンゴはよく熟していて、まさに紅玉と言うに相応しい。 京子がそれの名前を覚えたのは、ほんの少し前、別の果物屋で見た時の事だった。 「…りんご」 「うん。だから、これはリンゴって書いてあるの」 札には、“りんご 一山三拾文”と書いてある。 漢字は今は置いておくとしよう、と言うのが、龍麻とアン子の共通提案だった。 「じゃあ、こっち。この字は全部見た事ある筈よ」 アン子が告ぎに手に取ったのは、梨の実だ。 リンゴと同じ形をして、全く違う色をしたそれを、京子はしばし見つめ、札の文字に目を落とした。 “な”は八百屋で茄子を見た。 “し”も同じく八百屋で、椎茸を見た。 「なし」 「当たり。結構順調ね」 「そうだね」 楽しそうに言うアン子に、龍麻も頷いた。 龍麻が教材に使ったリンゴと梨を買って、ご褒美だと京子に渡す。 アン子にも、協力してもらっている礼として。 京子は右手に梨、左手にリンゴを持って、交互に齧っている。 形が似ているのに、色が違って、味も違うのが面白いようだった。 食べ物くらいは良いもの食べてたんじゃないの? とアン子に言われた龍麻だったが、何も答えずに眉尻を下げて笑っただけだ。 八剣のように直ぐに舌が回らない龍麻は、アン子が自分で想像して完結してくれる事を願った。 その通りに、アン子は龍麻の笑顔に含みがあると感じたのか、結局、それ以上の追求はして来なかった。 「あのね、京子。本当は両手に持ってそうやって食べるの、行儀が悪いのよ」 「ぎょーぎってなんだ」 「えーっと……」 「見ていて、ちゃんとしてないなって思うのを“行儀が悪い”って言うんだ。今の京がやってるのが、そう」 “行儀”の言葉の意味など並べられても、恐らく京子は覚えはしない。 “行儀が悪い”の意味を説明すれば、京子は暫く考えてから、 「駄目なのか、コレ」 「見る人によってはね。嫌がる人もいるよ」 「…あたしも別にいいけど、親しい人以外の前でそういう事しない方がいいわよ」 「今はいいのか」 「うん」 じゃあ今は止めない、と京子はまたリンゴに齧り付いた。 その様子に、どうもいまいち判っていないような気がする、とアン子が頭を掻いた。 「しちゃいけない時は、僕らがちゃんと注意するよ」 「…お願いね。たまに本気で怒る石頭の人もいるんだから」 深々と溜息を吐くアン子をそっちのけで、京子はまた篝火を眺めていた。 きらりきらりと火の粉が飛んで、時折、木が爆ぜる音がする。 梨とリンゴを齧りながら、京子は飽きずに、じっと炎を見上げている。 「篝火も珍しいの?」 「…行灯ぐらいしかなかったから」 本当は行灯さえない場所であったが、そんな事をアン子は知る由もない。 それでも龍麻の言葉はアン子を納得させたようで、成る程ね、とアン子が呟いた。 身体の弱い娘を、屋敷の奥の奥にひっそりと住まわせて。 外界を知らぬように閉じ込めるように育てて、見知っているのはほんの僅かの事。 勉強さえもさせずに、ただ存在しているだけで、それを誰にも知られぬ娘。 病弱な娘が眠る部屋の中に、眩い篝火は必要ない。 外も知らなくて良いのだから、暗い世界を照らす役目は、行灯だけで事足りる。 ……だから、外に出た今、行灯以上に明るい篝火が気になって仕方がない。 アン子の中で、京子の半生はそんな話で出来上がりつつあった。 「……アン子」 「何?」 京子に呼ばれて、アン子は彼女の傍に寄った。 「なんか飛んでる」 篝火の上を見上げて、京子が言った。 アン子もそれに倣って視線を上げると、確かに、篝火の上でひらりひらり舞うものがある。 「蛾よ」 「がよ?」 「違う違う、蛾。一文字よ」 「が?」 「そう。虫よ。蝶と似てるけど、違うわ」 「ちょうってなんだ」 真っ直ぐに質問されて、アン子は頭を抱えて考え込む。 誰もが知っていて当たり前と思うものを、どうやって伝えるべきか。 中々難しい作業であった。 そのまま頭が沸騰するまで考え込みそうなアン子と、そんなアン子を不思議そうに見つめる京子。 京子の方はどうしても知りたいと言う訳ではなくて、単純に知らない単語だったから聞き返しただけであった。 龍麻は苦笑して、京子の肩を叩く。 「今度、僕が見せてあげる」 「判った」 素直に頷いた京子に、アン子が肩を落として溜息を吐いた。 「扱い難しいわ……」 「ごめんね、アン子さん」 「ううん、いいわ。あたしが言い出したんだし」 頭を一度振って、アン子は表情を切り替える。 京子はそれも不思議そうに見ていて、視線に気付いたアン子は、なんでもないと笑ってみせる。 先導して歩き出したアン子の後ろを、京子もまたついて行く。 そして龍麻は、先刻までと同じように、京子の半歩後ろをついて歩いた。 「それにしてもお腹空いたわねー。緋勇君と京子は平気なの? 京子はリンゴと梨…あ、食べちゃったのね。もう要らない?」 「………いる、と思う。多分」 「僕もお腹空いたかな」 京子の曖昧な答えに代わり、龍麻ははっきりと頷いて同意を示す。 賛同を得たアン子は、くるりと反転して後ろ歩きをしながら、嬉しそうに提案した。 「じゃあ、ご飯食べに行きましょ。ウチの瓦版で宣伝してる、割引効くトコ」 「瓦版屋さんって得なんだね」 「まあね。ほら、行きましょ!」 言うなり、アン子は京子の手を引っ張って走り出した。 慌てて京子も転ぶまいと走り出す。 龍麻もやはり、半歩後ろの位置でそれを追い駆けた。 広い通りから、一つ二つと道を曲がると、一面に胃を刺激する香りの漂う場所に辿り着いた。 軒を連ねているのは全て食事処で、看板や提灯が所狭しと並び、人が忙しなく出入りしている。 大きな通りよりもガヤガヤと賑やかな道。 カラカラと軒の戸が開けられる度、其処から色々な香りが外へと運び出されてくる。 それらの店から出て行く人は皆満足げな顔をしていた。 色々な匂いと、立ち並ぶ提灯に目を奪われる京子の手を引っ張って、アン子は迷いなく歩いて行く。 所々で声をかけられたアン子は、その一つ一つに嫌な顔せずに答える。 また宣伝しとくれよ、と恰幅の良い女将が言えば、アン子は笑って手を振った。 アン子が進む足を止めたのは、一軒のラーメン店。 小さな看板に、木戸の入り口の上にぽつんと赤提灯があるだけの、どちらかと言えば地味な店。 「此処、すっごく美味しいのよ」 「……なんだ? …何書いてあるんだ?」 「ラーメンよ。…ラーメンも知らない?」 アン子の問いに、京子はこっくり頷いた。 途端、アン子が京子にずいっと顔を近付け、 「勿体ないわよ、そんなのッ」 「……もった……何?」 「美味しいモノ知らないのは損よッ。ほら、早く入って入って。教えてあげるッ」 アン子は店の戸を開けると、ぐいぐい京子の背中を押して中に入って行く。 すっかりアン子のペースになっている様が、龍麻は見ていてなんだか可笑しかった。 あんな風に素直に人の言う事に頷く彼女が見られるのは、きっと今だけだ。 暖簾を潜れば、外観に見合って内装もシンプルだった。 四人掛けのテーブルが壁際に四つと、店主と向かい合う長いテーブル。 四人掛けのテーブルには既に三組、客が座っていた。 アン子は店主と向かい合うテーブルに席を決め、その隣に京子も納まる。 龍麻も京子の隣へ座り、右からアン子、京子、龍麻と並んだ。 店主がアン子に気付いて声をかける。 「おう、アン子か」 「こんにちわ。とんこつ醤油ね。この子も一緒」 「で、そっちの兄ちゃんは?」 「僕もそれで」 龍麻もラーメンは滅多に食べる機会がなかった。 故に特に好き嫌いというものはない(思い返せば、ラーメンに限らず殆ど嫌いなものはなかった)。 それでも美味しいと聞けば楽しみである。 へいお待ち、と景気の良い声と共に、ドンブリが二つ差し出された。 アン子は先に龍麻と京子に譲る。 「……?」 どうやって食べるのか判らない、と言う様子で、京子は不思議そうにラーメンを覗き込む。 京子の視線は龍麻へと向けられて、その時には龍麻は既に箸を取って食べ始めていた。 しばらく龍麻の動作を見つめてから、京子も箸を手に取り、同じように麺を掬う。 そのままぱくっと口に運んで、 「あっち!」 「そりゃそうでしょ…」 顔を顰めて舌を出す京子に、アン子が呆れた風で言った。 「ちゃんと冷まして食べなさいよ」 「さます?」 「ふーって息吹きかけるんだ。ほら、こう」 龍麻が手本を見せると、京子も同じように息を吹きかけてから、もう一度食べる。 ズルズルッと小気味の良い音がして、麺はすっかり京子の口に収まった。 もぐもぐと噛んで、呑み込んで、 「おいしい」 「でしょ!」 京子は直ぐに二口目を口に運んだ。 さっきのように熱い思いをしないように、ちゃんと冷ましてから。 それからは京子は食べることに夢中になっていて、周りの話など聞いていない。 店主とアン子の話が時折此方に振られても、京子は全く顔を上げなかった。 そんな京子に店主は嫌な顔一つせず、寧ろ夢中になって食べる京子を嬉しそうに見ている。 京子に振られた話は、全て龍麻が変わりに答えた。 無難な程度に、だが。 「京子と緋勇君って、何歳なの?」 「十と七。一緒だよ」 「あ、それじゃあたしも一緒だわ」 年齢に関しての質問には、大体いつもその程度で答えている。 数えて判るような歳月を生きてはいないけれど、見た目はその程度だろうと。 実際、この辺りが一番無難のようで、相手は大抵納得してくれる。 京子も今は仕種や表情に幼さが目立つものの、背格好は相応に育っている。 幼く見ても十五前後、と言った所だろうか。 成人を迎えていないと言う二人に、店主がへえ、と感心したように息を漏らす。 「その歳で旅してんのか? 大変だろう」 「でもまだ始めたばっかりなんだって。それに、あともう一人いて、その人は大人だったわよ」 「じゃあ三人か。それにしたってなぁ」 しげしげと店主が京子と龍麻を眺めた。 「賊や妖なんかも出るだろう。危なくないのか?」 「八剣君……もう一人の人が腕が立つんです。僕も少しだけ、護身ぐらいなら」 「そうなの? ……そっか、そうよね」 八剣から聞いた話を思い出してか、アン子は頷いて納得する。 京子は、存在を隠されていたとは言え、それでも貴族の娘な訳で。 そんな少女の旅を両親が了承したとは言え、その身に万が一の事が起こってはならない。 山賊等に襲われた時の為に、護衛がつくのは当然のことだ。 それらの話を淀みなく話したのが八剣であるから、アン子の中で、恐らく八剣は彼女の幼少期からの世話係のような存在であると認識しているのだろう。 世話係兼護衛の彼が旅に同行するのは、何も不自然な事ではない。 「あんまり腕が立つようには見えなかったけど」 「剣の達人だよ、八剣君は」 「ふぅん」 彼の見た目は、はっきり言えば優男と呼ぶのだろうか。 体付きも細く見えて、屈強な男と並べば軟弱であると思われることもあるだろう。 腰に刀を差していても、護衛が勤まるとは到底思えまい。 しかし、彼以上の剣技を誇る人物を、龍麻は知らない。 今は記憶の中だけに眠る、ごく僅かな数を覗いて。 ドン、と音がして、音の発信源は京子だった。 彼女の手はドンブリに添えられていて、その中身はツユも残さず空っぽになっている。 「早いわね、食べるの」 「ん?」 「そんなにお腹空いてたの?」 「??」 問うてくるアン子に、京子はきょとんとして目を丸くしている。 自分の行動の何が可笑しいのか、と言うように。 「……これ、飲んだら駄目だったのか?」 「それは良いのよ。いや、その話じゃなくって」 見当違いな反応をする京子に、アン子がなんと言い直そうか思案する。 また龍麻が代わった。 「食べるの早かったから、お腹空いてたのかなって」 「腹、は空いてた、けど」 「美味しかったから直ぐ食べちゃった?」 「おいしかった」 京子の言葉に、店主が嬉しそうに笑う。 「そうか、そんなに美味いか!」 「うま……?」 「美味しいってこと」 「ん。うまい」 また京子が頷く。 赤子の色を残した真っ直ぐな瞳に、嘘などない。 店主は上機嫌になって、麺玉を取り出した。 「そんだけ褒められりゃ、おまけしない訳にゃいかねェな」 「おまけ……?」 「替え玉サービスだ。ちょいと待ってな!」 京子の返事を待たずに、店主は麺玉を茹でにかかる。 京子は“おまけ”も“替え玉”も“サービス”も意味が判らず、きょとんとした顔だ。 意味の説明を求めて、自然と京子の視線は龍麻へと向かう。 「もう一杯食べていいって」 「いいのか?」 「うん」 ぱっと京子の表情が明るくなる。 どうやら、ラーメンは京子のお気に入りになったようだ。 「おじさん、あたしも炒飯!」 「僕、餃子いいですか?」 「あいよ!」 景気の良い返事をして、店主は手際よく準備を始める。 その様子を、京子はラーメンの替え玉が待ちきれない様子で、カウンターから乗り出して眺めていた。 しばらくして出された二杯目を、京子は嬉しそうに受け取ったのだった。 ラーメン屋で食事を終えた後は、市場に行った。 威勢のいい声があちこちで上がる市場に、京子はしばらくついて行けず、おっかなびっくりで龍麻から離れなかった。 聞きようによっては怒鳴っているように思える声もあったから、無理もないか。 空から太陽が失われても、市場は変わらず盛況だ。 他の場所よりも篝火を多く焚いて、その分火の取り扱いには気をつけて。 各々の生活がかかっているから、此処で消沈すれば路頭に迷ってしまう。 此処は人々の生活の要だ。 この市場でも京子の勉強は続けられて、大分言葉と文字を覚えた。 ついでにコミュニケーションも慣れた方が良いとアン子が提案するので、アン子の知り合いの店をあちこち回り、アン子は京子を紹介して回った。 最初はたどたどしく、するりと出てくる言葉は自分の名前程度だったのが、挨拶を覚え、質問の意味も覚えて、少しずつスムーズに意思の疎通が出来るようになった。 自分に関することで名前以外の質問になると、どうしても判らずに龍麻を頼ったが、それは今は当然の事だ。 彼女の中は未だ、零に近い状態である事に変わりはないのだから。 市場を通り過ぎると、その向こうにあった見世物小屋に入った。 珍しい動物や曲芸師が音楽に合わせて踊る様に、京子は見入った。 龍麻も中々見ることのない曲芸に、拍手した。 特に京子が気に入ったのが、二刀の小太刀を使った剣舞だ。 伊達四天(だてよてん・歌舞伎衣装)を纏った男が、舞台上で太刀を振るい舞い踊る。 その動きに合わせて閃く刀剣の光に、京子は吸い込まれるように動かなくなった。 アン子に次を見ようと催促させれても、京子は聞かなかった。 剣舞が最後の最後、終わるまで、じっと其処に立ち尽くして見つめ続けた。 それを隣で見つめて、龍麻はやっぱり――――と思わずにはいられない。 彼女にとって、目の前で閃く光は、どうあっても切り離せないものなのだと。 ぐるりぐるりと、アン子に案内されるままに、町を歩いて。 少し休もうと言う龍麻の提案を跳ねる者はおらず、広場の真ん中で三人は少しの間休息する事にした。 しかし、どうも京子はじっとしていられなくて、広場で手毬遊びに興じていた子供達に声をかけた。 毬をまず見た事がなかった京子である。 何してるんだと声をかけた京子を、子供達は自然に受け入れ、それから一緒に遊び始めてしまった。 「休憩なんて頭にないのね、京子って」 「無理してないと良いんだけど」 まだ“疲れた”と言う感覚をよくよく理解できない京子だ。 龍麻が気を付けなければ、京子は休むという行動を取らない。 しかし、子供達に教えて貰いながら手毬遊びをする様は、楽しそうに見える。 これを邪魔してまで大人しく座らせてしまうのは、正直気が引ける。 甲高い子供の声と、見た目は大人の京子の会話が聞こえてくる。 「おねーちゃん違うよ、そうじゃないよ」 「何が違うんだ?」 「そこ叩いたら駄目だよ、はずまないよ」 「おねえちゃんへたー」 きゃらきゃら笑う子供達に、何を言われても、京子は怒らなかった。 意味が判っていないからだ。 言われた通りに矯正しながら毬をついていると、次第に続くようになって来た。 京子は地面に肩膝をついて、子供達と々目線の高さになっている。 それを子供達が囲み、めいめい声を上げていた。 「ひと、ふた、みー、よ、いつ、……だめー」 「お前らもっと出来るのか?」 「出来るよー!」 「できるー!」 「見せてあげようか?」 「ん」 京子から毬を返して貰って、子供がそれをつき始めた。 一回、二回、三回と順調に始まると、周囲の子供達が歌い出す。 きらきら おそらのおてんとさん さらさら おそらのおつきさま とおいおそらの てんのくに おそらのちかく てんのくに そらのかいだん そらのみち まんまるおてんと てんまでのぼれ みちかけおつき おそらにかえろ あしたになったら またおいで てってつないで またあそぼ きらきら おそらのおてんとさん さらさら おそらのおつきさま ・・・・ 繰り返される唄に、京子が子供達を見回した。 唄の意味も判らなければ、それが“唄”であるとも判らない。 一定の拍に合わせ、手拍子しながら歌う子供達は、京子から見ても楽しそうだ。 子供の一人が手拍子を強請るので、最初は判らなかったが、真似てやると喜んだ。 唄は判らないが、京子はそのまま手拍子を続ける。 ―――――その様子を遠目に眺めていた龍麻に、アン子が言った。 「あの唄、聞いたことある?」 何処かうずうずとした様子のアン子。 それを察して、龍麻は遠い記憶の中に聞き覚えがあったが、首を横に振った。 「でしょうね。この町でだけ歌われてるみたいなの」 「そうなんだ」 「昔はもっと色んな所で歌われたらしいんだけどね。段々廃れていったんだって」 「ふぅん。アン子さん詳しいね」 「瓦版屋ですからね。色んな人から、色んな話聞いてるのよ」 胸を張って自慢げに言うアン子に、凄いねぇと龍麻は言った。 「それでね、どうしてこの町でだけ、今も歌われてるのかって言うと―――――」 「“天の塔”?」 「なんだ、知ってたの。あの言い伝え」 一つ楽しみを奪ってしまって申し訳ない気はしたが、それでもアン子は嫌な顔をしなかった。 少し意外そうな顔はしたが、色んな所を旅してるからと言えば、それで納得してくれた。 “天の塔”の存在については、行き着く人間こそいないものの、言い伝えは各地に残っているのだ。 それが何処に存在するかまでは曖昧であるが。 説明を一つ省いて、アン子は説明を始めた。 ――――――この町は、天にもっとも近い地なのだと。 篝火 : 第五節 唄は勿論オリジナルです。 囃し唄や童歌って難しいですね…… 次はまたちょっと真面目な話です。 |